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貞観政要 / 悔過

貞觀十七年,太宗謂侍臣曰:「人情之至痛者,莫過乎喪親也。故孔子云:『三年之喪,天下之通喪,自天子達於庶人也。』又曰:『何必高宗?古之人皆然。』近代帝王遂行不逮漢文以日易月之制,甚乖於禮典。朕昨見徐幹《中論·復三年喪》篇,義理甚深,恨不早見此書。所行大疏略,但知自咎自責,追悔何及!」因悲泣久之。

新字:貞観十七年,太宗謂侍臣曰:「人情之至痛者,莫過乎喪親也。故孔子云:『三年之喪,天下之通喪,自天子達於庶人也。』又曰:『何必高宗?古之人皆然。』近代帝王遂行不逮漢文以日易月之制,甚乖於礼典。朕昨見徐幹《中論·復三年喪》篇,義理甚深,恨不早見此書。所行大疏略,但知自咎自責,追悔何及!」因悲泣久之。

書き下し

貞観十七年、太宗侍臣に謂いて曰く、「人情の至痛なる者は、親を喪うに過ぐるは莫し。故に孔子云う、『三年の喪は、天下の通喪なり。天子より庶人に達す』と。又た曰く、『何ぞ必ずしも高宗のみならんや。古の人は皆な然り』と。近代の帝王は、遂に行いて漢文の日を以て月に易(か)うるの制に逮(およ)ばず。甚だ礼典に乖(そむ)く。朕は昨、徐幹の『中論・復三年喪』の篇を見る。義理は甚だ深し。恨むらくは早く此の書を見ざりしことを。行う所は大いに疎略なり。但だ自ら咎め自ら責むるを知る。追悔何ぞ及ばんや」と。因りて悲泣すること之を久しくす。

現代語訳

貞観十七年、太宗が側近の臣に言った。「人情の最も痛切なものは、親を喪うことに勝るものがない。だから孔子は『三年の喪は、天下に通じる喪であり、天子から庶人にまで及ぶ』と言った。また『どうして殷の高宗だけであろうか。昔の人はみなそうだった』とも言った。近代の帝王は、漢の文帝が日を月に代えた制度にすら及ばない。甚だしく礼の典に背いている。私は昨日、徐幹の『中論』の「復三年喪」の篇を読んだ。義理はきわめて深い。もっと早くこの書を読まなかったことが悔やまれる。私の行いはひどく大まかだった。ただ自らを咎め責めるだけだ。悔いても及ばない」。そして長く悲しんで泣いた。

解説

太宗は「人の情として最も痛切なのは、親を亡くすことに勝るものはない」と述べ、「三年の喪は、天子から庶民に至るまで、天下に通じる喪の期間である」という孔子の言葉を引きます。ところが自分自身を振り返ると、近代の帝王たちは、漢の文帝が定めた簡略な服喪の期間にすら及んでおらず、礼にひどく背いていたと気づきます。「昨日、徐幹の書物の中の、三年の喪について論じた文章を読んだ。その道理はきわめて深い。もっと早くこの書物を読まなかったことが悔やまれる。私の行いはひどく大まかだった。ただ自分を責めるばかりで、悔いても取り返しがつかない」と語り、長く涙を流したと伝えられます。何年も経ってから本を読んで初めて、自分が親の喪をきちんと果たしていなかったことに気づく。取り返しのつかないことです。それでも太宗は、悔いても仕方がないと蓋をせず、悔いを悔いのまま抱えました。親を亡くしてから、もっとこうすればよかったと気づく後悔は、誰の人生にも訪れうるものです。

この章句が説くこと

恨不早見此書但知自咎自責追悔何及取り返せない悔い

この一句を、あなたの毎日に。

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