貞観政要 / 杜讒邪
貞觀十六年,太宗謂諫議大夫褚遂良曰:「卿知起居,比來記我行事善惡?」遂良曰:「史官之設,君舉必書。善既必書,過亦無隱。」太宗曰:「朕今勤行三事,亦望史官不書吾惡。一則鑒前代成敗事,以為元龜;二則進用善人,共成政道;三則斥棄群小,不聽讒言。吾能守之,終不轉也。」
新字:貞観十六年,太宗謂諫議大夫褚遂良曰:「卿知起居,比来記我行事善悪?」遂良曰:「史官之設,君舉必書。善既必書,過亦無隠。」太宗曰:「朕今勤行三事,亦望史官不書吾悪。一則鑒前代成敗事,以為元亀;二則進用善人,共成政道;三則斥棄群小,不聴讒言。吾能守之,終不転也。」
書き下し
貞観十六年、太宗諫議大夫褚遂良に謂いて曰く、「卿は起居を知る。比来、我が行事の善悪を記すか」と。遂良曰く、「史官の設くるは、君の挙は必ず書す。善は既に必ず書す。過も亦た隠す無し」と。太宗曰く、「朕は今、勤めて三事を行う。亦た史官の吾が悪を書かざらんことを望む。一には則ち前代の成敗の事を鑒み、以て元亀と為す。二には則ち善人を進用し、共に政道を成す。三には則ち群小を斥棄し、讒言を聴かず。吾は能く之を守り、終に転ぜざらん」と。
現代語訳
貞観十六年、太宗が諫議大夫の褚遂良に言った。「あなたは起居注を司っている。近頃、私の行いの善悪を記しているか」。褚遂良は言った。「史官を設けたのは、君主の行いを必ず記すためです。善は必ず記します。過ちもまた隠しません」。太宗は言った。「私は今、努めて三つのことを行っている。史官が私の悪を書かないことを望む。一つには前代の成敗を鑑とし、大いなる亀卜とすること。二つには善き人を登用し、共に政の道を成すこと。三つには小人を退け、讒言を聴かないこと。私はこれを守り、決して変えない」。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
貞観政要・文史貞観十三年、褚遂良は諫議大夫と為り、兼ねて起居注を知る。太宗問いて曰く、「卿は比(このごろ)起居を知る。何等の事を書するか。大抵、人君に於て観見するを得るや否や。朕は此の注記を見んと欲する者は、将に為す所の得失を却(かえ)りて観て、以て自ら警戒せんとするのみ」と。遂良曰く、「今の起居は、古の左・右史なり。人君の言行を記すを以てす。善悪畢(ことごと)く書す。庶(ちか)くは人主をして非法を為さざらしむ。未だ帝王の躬(みずか)ら史を観るを聞かず」と。太宗曰く、「朕に不善有らば、卿は必ず記すか」と。遂良曰く、「臣聞く、道を守るは官を守るに如かず、と。臣の職は当に筆を載すべし。何ぞ之を書せざらんや」と。黄門侍郎劉洎進みて曰く、「人君に過失有るは、日月の蝕の如し。人は皆な之を見る。設令(たと)い遂良記さずとも、天下の人は皆な之を記さん」と。
-
貞観政要・杜讒邪貞観中、太宗房玄齢・杜如晦に謂いて曰く、「朕聞く、古より帝王の上は天心に合し、以て太平を致す者は、皆な股肱の力なり、と。朕は比(このごろ)直言の路を開く者は、庶(ちか)くは冤屈を知り、諫諍を聞かんと欲すればなり。有らゆる封事を上る人は、多く百官を告訐(こくけつ)す。細にして采るべき無し。朕は歴(あまね)く前王を選ぶに、但だ君の臣を疑う有らば、則ち下は上に達する能わず。忠を尽くし慮を極むるを求めんと欲するも、何ぞ得べけんや。而るに識無きの人、務めて讒毀を行い、君臣を交々乱す。殊に国に益するに非ず。今より以後、書を上りて人の小悪を訐(あば)く者有らば、当に讒人の罪を以て之を罪すべし」と。
-
貞観政要・杜讒邪貞観の初め、太宗侍臣に謂いて曰く、「朕は前代を観るに、讒佞の徒は、皆な国の蟊賊(ぼうぞく)なり。或いは巧言令色、朋党比周す。暗主庸君の若きは、之を以て迷惑せざる莫し。忠臣孝子の血に泣き冤を銜(ふく)む所以なり。故に叢蘭茂らんと欲すれば、秋風之を敗る。王者明らかならんと欲すれば、讒人之を蔽う。此の事は史籍に著る。具さに道う能わず。斉・隋の間の讒譖の事の如きに至りては、耳目の接する所の者、略ぼ公等と之を言わん。斛律明月は、斉朝の良将なり。威は敵国を震わす。周家は毎歳、汾河の氷を斫(き)り、斉兵の西渡を慮る。明月の祖孝徴の讒構する所と被りて伏誅せらるるに及び、周人は始めて斉を吞むの意有り。高熲は経国の大才有り。隋の文帝の為に覇業を賛成す。国政を知る者二十余載。天下は頼りて以て安寧なり。文帝は惟だ婦言のみ是れ聴き、特に擯斥せしむ。煬帝の殺す所と為るに及び、刑政は是に由りて衰壊す。又た隋の太子勇は軍を撫し国を監すること、凡そ二十年間。固より亦た早く定分有り。楊素は主を欺き上を罔(あざむ)き、良善を賊害す。父子の道をして一朝にして天性に滅せしむ。逆乱の源、此より開く。隋文は既に嫡庶を混淆し、竟に禍は其の身に及ぶ。社稷も尋いで亦た覆敗す。古人云う『世乱るれば則ち讒勝つ』と。誠に妄言に非ず。朕は毎に微を防ぎ漸を杜(ふさ)ぎ、用て讒構の端を絶つ。猶お恐る、心力の至らざる所、或いは覚悟する能わざるを。前史に云う、『猛獣、山林に処れば、藜藿(れいかく)も之が為に采られず。直臣、朝廷に立てば、奸邪も之が為に謀を寝(や)む』と。此れ実に朕が群公に望む所なり」と。魏徴曰く、「『礼』に云う、『其の睹(み)ざる所に戒慎し、其の聞かざる所に恐懼す』と。『詩』に云う、『愷悌なる君子、讒言を信ずる無かれ。讒言は極まり罔(な)く、四国を交々(こもごも)乱す』と。又た孔子曰く、『利口の邦家を覆すを悪む』と。蓋し此が為なり。臣嘗て観るに、古より国有り家有る者、若し曲げて讒譖を受け、妄りに忠良を害せば、必ず宗廟は丘墟となり、市朝は霜露とならん。願わくは陛下、深く之を慎め」と。
-
貞観政要・慎言語貞観二年、太宗侍臣に謂いて曰く、「朕は毎日、朝に坐す。一言を出さんと欲すれば、即ち此の一言、百姓に利益有るや否やを思う。多く言うを敢えてせざる所以なり」と。給事中兼知起居事杜正倫進みて曰く、「君の挙は必ず書せられ、言は左史に存す。臣の職は当に兼ねて起居注を修むべし。敢えて愚直を尽くさずんばあらず。陛下若し一言、道理に乖(そむ)かば、則ち千載、聖徳を累(わずら)わす。止(た)だ当今、百姓に損するのみに非ず。願わくは陛下、之を慎め」と。太宗大いに悦び、彩百段を賜う。
-
貞観政要・杜讒邪魏徴、秘書監と為る。徴を謀反すと告ぐる者有り。太宗曰く、「魏徴は、昔、吾が讎なり。只だ事うる所に忠なるを以て、吾は遂に抜きて之を用う。何ぞ乃ち妄りに讒構を生ぜんや」と。竟に徴を問わず。遽かに告ぐる所の者を斬る。
-
貞観政要・求諫貞観八年、太宗侍臣に謂いて曰く、「朕は閒居静坐する毎に、則ち自ら内省す。恒に恐る、上は天心に称わず、下は百姓の怨む所と為らんことを。但だ正人の匡諫を思い、耳目をして外に通じ、下に怨滞無からしめんと欲す。又た比(このごろ)人の来たりて事を奏する者を見るに、多く怖懾(ふしょう)有り、言語は次第を失うに致る。尋常の奏事すら、情なお此くの如し。況んや諫諍せんと欲せば、必ず当に逆鱗を犯すを畏るべし。所以に諫むる者有る毎に、縦(たと)い朕の心に合わずとも、朕も亦た以て忤(さか)らうと為さず。若し即ち嗔責(しんせき)せば、深く恐る、人は戦懼を懐き、豈に肯えて更に言わんや」と。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る