貞観政要 / 杜讒邪
魏徵為秘書監,有告徵謀反者。太宗曰:「魏徵,昔吾之讎,只以忠於所事,吾遂拔而用之,何乃妄生讒構?」竟不問徵,遽斬所告者。
新字:魏徴為秘書監,有告徴謀反者。太宗曰:「魏徴,昔吾之讎,只以忠於所事,吾遂抜而用之,何乃妄生讒構?」竟不問徴,遽斬所告者。
書き下し
魏徴、秘書監と為る。徴を謀反すと告ぐる者有り。太宗曰く、「魏徴は、昔、吾が讎なり。只だ事うる所に忠なるを以て、吾は遂に抜きて之を用う。何ぞ乃ち妄りに讒構を生ぜんや」と。竟に徴を問わず。遽かに告ぐる所の者を斬る。
現代語訳
魏徴が秘書監となった時、魏徴が謀反を企てていると告げる者があった。太宗は言った。「魏徴は、昔は私の仇だった。ただ仕えた相手に忠実だったから、私は抜擢して用いたのだ。どうしてみだりに讒言を生じさせようか」。ついに魏徴を問い質さず、告げた者をただちに斬った。
解説
魏徴が秘書監となったとき、「魏徴は謀反を企てている」と告げる者が現れました。太宗は「魏徴は昔、私の敵だった人物だ。ただ仕えた相手に忠実だったからこそ、私は抜擢して用いたのだ。どうしてみだりに讒言を生み出すことがあろうか」と述べ、魏徴本人には一切問いただすことなく、告げた者をただちに処刑しました。「疑わしいから念のため確認する」ということすらしなかったのです。確認すること自体が、疑いをかけたのと同じ意味になってしまうからです。しかも魏徴は、かつて太宗と敵対していた立場の人物であり、最も疑いをかけられやすい存在でした。だからこそ太宗は、あえて確認すらせずにはっきりと守り抜きました。家庭でも職場でも、周りから見て立場の弱い人や、過去にわだかまりのあった人ほど、根拠のない噂を立てられやすいものです。そういう人をこそ、上に立つ者が迷わずかばわなければ、誰も安心してそばで働けなくなってしまいます。
この章句が説くこと
竟不問徴遽斬所告者只以忠於所事疑わない姿勢を示す讒言諫言
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『晏子春秋』外篇上・景公問治國之患晏子,對以佞人讒夫在君側景公晏子に問うて曰く、「国を治むるの患い、亦常有るか」と。対えて曰く、「佞人讒夫の君が側に在る者、良臣を好悪して、行いを小人に与う。此れ国を治むるの常の患いなり」と。公曰く、「讒佞の人は、則ち誠に不善なり。然りと雖も、則ち奚ぞ曾ち国の常の患いと為さんや」と。晏子曰く、「君以て耳目と為して好んで事を謀らば、則ち是れ君の耳目繆れるなり。夫れ上は君の耳目を乱し、下は群臣をして皆其の職を失わしむ。豈に誠に患うるに足らざらんや」と。公曰く、「是くの如きか。寡人将に之を去らんとす」と。晏子曰く、「公は去ること能わざるなり」と。公忿然として色を作して説ばず、曰く、「夫子何ぞ寡人を少んずることの甚だしき」と。対えて曰く、「臣何ぞ敢えて撟らんや。夫れ能く自ら君に周き者は、才能皆常に非ず。夫れ大不誠を中に蔵する者は、必ず小誠を外に謹み、以て其の大不誠を成す。入りては則ち君の嗜欲を求めて能く之に順い、君良臣を怨めば、則ち其の往失を具えて之を益す。出でては則ち威を行いて以て富を取る。夫れ何ぞ密近にして、大利に変ぜられず、務めて君と義を至くする者は、此れ見難く且つ知り難きなり」と。公曰く、「然らば則ち先聖は奈何せん」と。
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