貞観政要 / 慎所好
貞觀七年,工部尚書段綸奏進巧人楊思齊至。太宗令試,綸遣造傀儡戲具。太宗謂綸曰:「所進巧匠,將供國事,卿令先造此物,是豈百工相戒無作奇巧之意耶?」乃詔削綸階級,並禁斷此戲。
新字:貞観七年,工部尚書段綸奏進巧人楊思斉至。太宗令試,綸遣造傀儡戯具。太宗謂綸曰:「所進巧匠,将供国事,卿令先造此物,是豈百工相戒無作奇巧之意耶?」乃詔削綸階級,並禁断此戯。
書き下し
貞観七年、工部尚書段綸、巧人楊思斉を進むるを奏して至る。太宗は試みしむ。綸は傀儡の戯具を造らしむ。太宗綸に謂いて曰く、「進むる所の巧匠は、将に国事に供せんとす。卿は先ず此の物を造らしむ。是れ豈に百工の相い戒めて奇巧を作す無きの意ならんや」と。乃ち詔して綸の階級を削り、並びに此の戯を禁断す。
現代語訳
貞観七年、工部尚書の段綸が、巧みな職人である楊思斉を推薦し、参上させた。太宗は腕を試させた。段綸は操り人形の道具を作らせた。太宗は段綸に言った。「推薦した名工は、国事に役立てるためのものだ。あなたはまず、こんな物を作らせた。これが、職人が互いに戒め合って、珍奇な細工を作らないようにするという意にかなうのか」。そして詔して段綸の位階を下げ、あわせてこの遊びを禁止した。
解説
慎所好篇を締めくくる一段です。工部尚書の段綸は、腕の良い職人である楊思斉を太宗に推薦しました。ところが試しに何を作らせるかと聞かれた段綸は、まず操り人形の道具を作らせてしまいます。太宗はこれに怒り、「推薦した名工は、国の仕事に役立てるためのものだ。あなたはまず、こんな遊び道具を作らせたのか。これでは、職人たちが互いに戒め合い、珍しく凝った細工物を作らないようにしようという趣旨に反するではないか」と言い、段綸の位階を下げ、この種の遊び道具を禁じさせました。段綸は決して悪気があったわけではなく、むしろ太宗を喜ばせたい一心だったのでしょう。しかし上の人を喜ばせようという気配りが、本当に大切な人や物の使い道を見誤らせてしまうことがあるのです。良かれと思ってしたことが、かえって的外れになる典型です。
この章句が説くこと
所進巧匠将供国事百工相戒無作奇巧喜ばせようとする歪み
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