貞観政要 / 慎所好
貞觀四年,太宗曰:「隋煬帝性好猜防,專信邪道,大忌胡人,乃至謂胡床為交床,胡瓜為黃瓜,築長城以避胡。終被宇文化及使令狐行達殺之。又誅戮李金才,及諸李殆盡,卒何所益?且君天下者,惟須正身修德而已,此外虛事,不足在懷。」
新字:貞観四年,太宗曰:「隋煬帝性好猜防,専信邪道,大忌胡人,乃至謂胡床為交床,胡瓜為黄瓜,築長城以避胡。終被宇文化及使令狐行達殺之。又誅戮李金才,及諸李殆尽,卒何所益?且君天下者,惟須正身修徳而已,此外虚事,不足在懐。」
書き下し
貞観四年、太宗曰く、「隋の煬帝は性、猜防を好み、専ら邪道を信ず。大いに胡人を忌む。乃ち胡床を交床と謂い、胡瓜を黄瓜と謂うに至る。長城を築きて以て胡を避く。終に宇文化及の令狐行達をして之を殺さしむる所と被る。又た李金才及び諸々の李を誅戮すること殆ど尽くす。卒に何ぞ益する所あらんや。且つ天下に君たる者は、惟だ須らく身を正し徳を修むるのみ。此の外の虚事は、懐に在るに足らず」と。
現代語訳
貞観四年、太宗が言った。「隋の煬帝は性質として猜疑と警戒を好み、もっぱら邪な道を信じた。ひどく胡人を忌み嫌い、胡床を交床と呼び、胡瓜を黄瓜と呼ぶまでになった。長城を築いて胡を避けた。ところが結局、宇文化及が令狐行達に命じて殺された。また李金才および李姓の者をほとんど誅殺した。それが何の役に立ったのか。そもそも天下に君たる者は、ただ身を正し徳を修めるだけでよい。それ以外の虚しい事は、心に留めるに足りない」。
解説
隋の煬帝は、性質として人を疑い用心することを好み、正しくない占いばかりを信じていました。北方の異民族をひどく嫌ったあまり、「胡床」という腰かけを「交床」、「胡瓜」を「黄瓜」と呼び変えさせ、長城まで築いて異民族の侵入を防ごうとしました。また「李という姓の者が隋に取って代わる」という占いを真に受けて、李姓の者をほとんど皆殺しにしています。ところがそれだけ用心を重ねながら、結局は身内も同然の宇文化及に殺されてしまいました。太宗はこれを見て「天下の君主たる者は、ただ自分の身を正し、徳を修めるべきだ。それ以外の中身のない事柄は、心にかけるに足りない」と結論づけます。恐れる相手を勝手に決めつけてしまうと、本当に用心すべき身近な危うさが見えなくなってしまうのです。
この章句が説くこと
性好猜防専信邪道卒何所益的外れな備え
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