貞観政要 / 倹約
魏徵宅內,先無正堂。及遇疾,太宗時欲造小殿,而輟其材為徵營構,五日而就。遣中使齎素褥布被而賜之,以遂其所尚。
新字:魏徴宅内,先無正堂。及遇疾,太宗時欲造小殿,而輟其材為徴営構,五日而就。遣中使齎素褥布被而賜之,以遂其所尚。
書き下し
魏徴の宅内、先に正堂無し。疾に遇うに及び、太宗は時に小殿を造らんと欲す。而して其の材を輟(とど)めて徴の為に営構す。五日にして就(な)る。中使を遣わし素褥布被を齎(もたら)して之を賜う。以て其の尚ぶ所に遂わしむ。
現代語訳
魏徴の屋敷には、もともと正式な広間がなかった。病にかかった時、太宗はちょうど小さな殿を造ろうとしていた。その材木を止めて、魏徴のために建てた。五日で完成した。使者を遣わして、白絹の敷物と木綿の掛け布を贈った。彼の好むところに従わせるためである。
解説
倹約篇を締めくくる一段です。魏徴の屋敷には、来客を迎える正式な広間すらありませんでした。魏徴が病に倒れた時、太宗はちょうど自分のために小さな御殿を建てようとしていましたが、その材木を回して魏徴の家を建てさせ、わずか五日で仕上げてしまいます。さらに使いの者を送って贈ったのは、豪華な絹の刺繍ではなく、質素な白い敷物と木綿の掛け布でした。これは、魏徴が普段から質素な暮らしを好んでいたことを、太宗がよく知っていたからです。人に贈り物をする時、つい自分の見栄えの良いものや高価なものを選びたくなります。しかし本当に喜ばれる贈り物とは、贈る側の格好良さではなく、受け取る相手が何を好み、何を必要としているかを考えて選ぶものだということを、この話は教えてくれます。
この章句が説くこと
輟其材為徴営構素褥布被相手の好みで贈る
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