貞観政要 / 倹約
溫彥博為尚書右仆射,家貧無正寢,及薨,殯於旁室。太宗聞而嗟嘆,遽命所司為造,當厚加賻贈。
新字:温彦博為尚書右仆射,家貧無正寝,及薨,殯於旁室。太宗聞而嗟嘆,遽命所司為造,当厚加賻贈。
書き下し
温彦博、尚書右僕射と為る。家貧しくして正寝無し。薨ずるに及び、旁室に殯(ひん)す。太宗聞きて嗟嘆し、遽かに所司に命じて為に造らしめ、当に厚く賻贈を加うべしとす。
現代語訳
温彦博が尚書右僕射となった。家は貧しく、正式な寝所もなかった。亡くなった時、脇の部屋に安置された。太宗はこれを聞いて嘆じ、ただちに担当の役所に命じて造らせ、手厚く弔慰の品を贈った。
解説
温彦博は尚書右僕射という副宰相にあたる高い地位にありながら、家は貧しく、正式な寝所すら持っていませんでした。亡くなった時には、仕方なく脇の部屋に遺体を安置するしかなかったのです。太宗はこの知らせを聞いて初めて、その暮らしぶりを知り、深く嘆きました。すぐに役所に命じて正式な建物を造らせ、手厚く弔いの品を贈っています。毎日顔を合わせ、重要な相談をしていた相手であっても、太宗はその私生活までは知らなかったのです。清廉な人ほど、自分から不自由さを訴えることはありません。だからこそ、上に立つ人は、部下や家族が黙っていても、時には様子を見に行かなければ、本当に困っていることに気づけないのです。
この章句が説くこと
家貧無正寝殯於旁室言わない人の暮らし
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