貞観政要 / 倹約
戶部尚書戴胄卒,太宗以其居宅弊陋,祭享無所,令有司特為之造廟。
新字:戸部尚書戴胄卒,太宗以其居宅弊陋,祭享無所,令有司特為之造廟。
書き下し
戸部尚書戴冑卒す。太宗は其の居宅の弊陋にして、祭享する所無きを以て、有司をして特に之が為に廟を造らしむ。
現代語訳
戸部尚書の戴冑が亡くなった。太宗は、その住まいが粗末で、祭祀を行う場所もなかったので、担当の役所に命じて、特別に廟を造らせた。
解説
戴冑は法を曲げず、皇帝である太宗の命令にさえ二度も真っ向から異を唱えたことで知られる役人でした。その戴冑が亡くなった時、太宗が住まいを調べさせると、家はひどく粗末で、先祖を祀る場所すら持っていなかったことが分かりました。そこで太宗は役所に命じて、わざわざ廟を建てさせています。生きている間、戴冑は自分の暮らし向きについて何一つ願い出ませんでした。声を上げて頼んだ人には物が与えられ、黙って我慢していた人には何も回ってこない。そうなってしまいがちなのが世の常です。太宗はそれを良しとせず、亡くなってから初めて報いました。家庭でも仕事の場でも、何も言わずに我慢している人ほど、周りが気づいて手を差し伸べる必要があるという戒めでもあります。
この章句が説くこと
居宅弊陋祭享無所死後に廟を造る求めない人に報いる