貞観政要 / 倹約
岑文本為中書令,宅卑濕,無帷帳之飾。有勸其營產業者,文本嘆曰:「吾本漢南一布衣耳,竟無汗馬之勞,徒以文墨致位中書令,斯亦極矣。荷俸祿之重,為懼已多,更得言產業乎?」言者嘆息而退。
新字:岑文本為中書令,宅卑湿,無帷帳之飾。有勧其営産業者,文本嘆曰:「吾本漢南一布衣耳,竟無汗馬之労,徒以文墨致位中書令,斯亦極矣。荷俸禄之重,為懼已多,更得言産業乎?」言者嘆息而退。
書き下し
岑文本、中書令と為る。宅は卑湿にして、帷帳の飾無し。其の産業を営むを勧むる者有り。文本嘆じて曰く、「吾は本と漢南の一布衣のみ。竟に汗馬の労無し。徒らに文墨を以て位を中書令に致す。斯れ亦た極まれり。俸禄の重きを荷(にな)い、懼れを為すこと已に多し。更に産業を言うを得んや」と。言う者嘆息して退く。
現代語訳
岑文本が中書令となった。屋敷は低く湿っていて、帳の飾りもなかった。財産を築くよう勧める者があった。岑文本は嘆じて言った。「私はもともと漢水の南の一庶民にすぎない。戦場での功もない。ただ文筆によって中書令の位に至った。これも極まりだ。重い俸禄を担い、恐れることがすでに多い。その上さらに、財産のことを言えようか」。勧めた者は嘆息して退いた。
解説
岑文本は宰相に当たる中書令という高い地位に就きながら、屋敷は低く湿った質素なもので、部屋を飾る帳一つありませんでした。財産を築くようにと勧める人に、彼はこう答えます。「私はもともと漢水の南の一庶民に過ぎず、戦での手柄もない。ただ文章の力だけで中書令の位に至った。これだけでも十分すぎるほどだ。高い俸給を受け取っているだけでも恐れ多いのに、その上財産まで求められようか」。地位が上がり給料が増えるほど、多くの人はそれを当然のことと受け止め、暮らしぶりを豊かにしていきます。しかし岑文本は逆に、地位が上がるほど「自分にはもったいない」という気持ちを強めていきました。出世した時、役職に見合う暮らしをするのではなく、自分にはまだ分不相応だと感じ続けられるかどうかが、彼のような謙虚さの分かれ目なのです。
この章句が説くこと
荷俸禄之重為懼已多斯亦極矣分不相応という感覚
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