貞観政要 / 倹約
貞觀十六年,太宗謂侍臣曰:「朕近讀《劉聰傳》,聰將為劉後起䳨儀殿,廷尉陳元達切諫,聰大怒,命斬之。劉後手疏啟請,辭情甚切,聰怒乃解,而甚愧之。人之讀書,欲廣聞見以自益耳,朕見此事,可以為深誡。比者欲造一殿,仍構重閣,今於藍田采木,並已備具,遠想聰事,斯作遂止。」
新字:貞観十六年,太宗謂侍臣曰:「朕近読《劉聰伝》,聰将為劉後起䳨儀殿,廷尉陳元達切諫,聰大怒,命斬之。劉後手疏啓請,辞情甚切,聰怒乃解,而甚愧之。人之読書,欲広聞見以自益耳,朕見此事,可以為深誡。比者欲造一殿,仍構重閣,今於藍田采木,並已備具,遠想聰事,斯作遂止。」
書き下し
貞観十六年、太宗侍臣に謂いて曰く、「朕は近ごろ『劉聡伝』を読む。聡は劉后の為に䳨儀殿を起こさんとす。廷尉陳元達切諫す。聡大いに怒り、命じて之を斬らんとす。劉后は手ずから疏して啓請す。辞情甚だ切なり。聡の怒り乃ち解け、而して甚だ之を愧ず。人の書を読むは、聞見を広めて以て自ら益せんと欲するのみ。朕は此の事を見て、以て深き誡と為すべし。比者、一殿を造り、仍お重閣を構えんと欲す。今、藍田に於て木を采る。並びに已に備具す。遠く聡の事を想い、斯の作は遂に止む」と。
現代語訳
貞観十六年、太宗が側近の臣に言った。「私は近頃『劉聡伝』を読んだ。劉聡は劉皇后のために䳨儀殿を建てようとした。廷尉の陳元達が厳しく諫めた。劉聡は大いに怒り、斬るよう命じた。劉皇后が自ら文書をしたためて願い出た。言葉と心情はきわめて切実だった。劉聡の怒りはそれで解け、大いに恥じた。人が書を読むのは、見聞を広めて自らを益するためだ。私はこの話を見て、深い戒めとすべきだと思った。近頃、一つの殿を造り、二階建ての楼閣も建てようとしていた。今、藍田で材木を伐り、すべて揃っていた。しかし遠く劉聡の事を思い、この工事はやめた」。
解説
この章句が説くこと
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貞観政要・倹約貞観元年、太宗侍臣に謂いて曰く、「古より帝王、凡そ興造有らば、必ず須らく物情に順うを貴ぶべし。昔、大禹は九山を鑿ち、九江を通ず。人力を用うること極めて広し。而して怨讟(えんとく)無き者は、物情の欲する所にして、衆の共に有する所なるが故なり。秦の始皇は宮室を営建す。而して人の謗議する者多きは、其の私欲に徇(したが)い、衆と共にせざるが故なり。朕は今、一殿を造らんと欲す。材木已に具わる。遠く秦皇の事を想い、遂に復た作さざるなり。古人云う、『無益を作して有益を害せず』と。『欲すべきを見ざれば、民の心をして乱れざらしむ』と。固より知る、欲すべきを見れば、其の心必ず乱るるを。器物を雕鏤し、珠玉服玩するが如きに至りては、若し其の驕奢を恣にせば、則ち危亡の期は立ちどころに待つべきなり。王公より以下、第宅・車服・婚嫁・喪葬、品秩に準じて服用に合わざる者は、宜しく一切禁断すべし」と。是に由りて二十年の間、風俗は簡朴、衣に錦繡無く、財帛は富饒にして、饑寒の弊無し。
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貞観政要・倹約貞観四年、太宗侍臣に謂いて曰く、「宮宇を崇飾し、池台に遊賞するは、帝王の欲する所、百姓の欲せざる所なり。帝王の欲する所の者は放逸、百姓の欲せざる所の者は労弊なり。孔子云う、『一言にして以て終身之を行うべき者有るか。其れ恕か。己の欲せざる所、人に施す勿かれ』と。労弊の事は、誠に百姓に施すべからず。朕は尊きこと帝王と為り、富は四海を有す。事毎に己に由る。誠に能く自ら節せん。若し百姓の欲せずんば、必ず能く其の情に順わん」と。魏徴曰く、「陛下は本と百姓を憐れみ、毎に己を節して以て人に順う。臣聞く、『欲を以て人に従う者は昌え、人を以て己を楽しましむる者は亡ぶ』と。隋の煬帝は志は無厭に在り、惟だ奢侈を好む。所司、供奉営造有る毎に、小しく意に称(かな)わずんば、則ち峻罰厳刑有り。上の好む所は、下必ず甚だしき有り。競いて無限を為し、遂に滅亡に至る。此れ書籍の伝うる所に非ず。亦た陛下の目に親しく見る所なり。其の無道なるが為に、故に天は陛下に命じて之に代わらしむ。陛下若し以て足れりと為さば、今日啻(ただ)に足るのみならず。若し以て足らずと為さば、更に万倍此に過ぐるも、亦た足らず」と。太宗曰く、「公の奏対する所は甚だ善し。公に非ずんば、朕安くんぞ此の言を聞くを得んや」と。
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