貞観政要 / 誠信
太宗嘗謂長孫無忌等曰:「朕即位之初,有上書者非一,或言人主必須威權獨任,不得委任群下;或欲耀兵振武,懾服四夷。惟有魏徵勸朕『偃革興文,布德施惠,中國既安,遠人自服』。朕從此語,天下大寧,絕域君長,皆來朝貢,九夷重譯,相望於道。凡此等事,皆魏徵之力也。朕任用,豈不得人?」徵拜謝曰:「陛下聖德自天,留心政術。實以庸短,承受不暇,豈有益於聖明?」
新字:太宗嘗謂長孫無忌等曰:「朕即位之初,有上書者非一,或言人主必須威権独任,不得委任群下;或欲耀兵振武,懾服四夷。惟有魏徴勧朕『偃革興文,布徳施恵,中国既安,遠人自服』。朕従此語,天下大寧,絶域君長,皆来朝貢,九夷重訳,相望於道。凡此等事,皆魏徴之力也。朕任用,豈不得人?」徴拝謝曰:「陛下聖徳自天,留心政術。実以庸短,承受不暇,豈有益於聖明?」
書き下し
太宗嘗て長孫無忌等に謂いて曰く、「朕の即位の初め、書を上る者は一に非ず。或いは言う、人主は必ず須らく威権を独り任ずべし。群下に委任するを得ず、と。或いは兵を耀かし武を振るい、四夷を懾服せんことを欲す。惟だ魏徴のみ朕に勧む、『革を偃(ふ)せて文を興し、徳を布き恵を施さば、中国既に安く、遠人自ら服せん』と。朕は此の語に従う。天下大いに寧し。絶域の君長、皆な来たりて朝貢す。九夷は重訳し、道に相い望む。凡そ此等の事は、皆な魏徴の力なり。朕の任用、豈に人を得ざらんや」と。徴拝謝して曰く、「陛下の聖徳は天より、心を政術に留む。実に庸短を以て、承受するに暇あらず。豈に聖明に益有らんや」と。
現代語訳
太宗がかつて長孫無忌らに言った。「私が即位した当初、上書する者は一人ではなかった。ある者は、君主は必ず威と権を独り占めすべきで、臣下に委ねてはならないと言った。ある者は、武を輝かせて四方の異民族を服従させようとした。ただ魏徴だけが、私にこう勧めた。『武器を伏せて文を興し、徳を布き恵みを施せば、中国は安らかになり、遠方の者は自ずと服する』と。私はこの言葉に従った。天下は大いに安らかになった。遠方の君長がみな来て朝貢し、諸国が通訳を重ねて、道に列をなしている。これらはみな魏徴の力だ。私の任用は、人を得たといえまいか」。魏徴は拝礼して言った。「陛下の聖なる徳は天から授かったもので、心を政治の術に留めておられます。臣は乏しい才で、承ることに手一杯です。どうして陛下の聡明さに益がありましょう」。
解説
この章句が説くこと
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貞観政要・直諫貞観十二年、太宗魏徴に謂いて曰く、「比来の行う所の得失・政化は、往前に何如」と。対えて曰く、「若し恩威の加うる所、遠夷の朝貢は、貞観の始めに比すれば、等級を以ては言うべからず。若し徳義の潜かに通じ、民心の悦服は、貞観の初めに比すれば、相い去ること又た甚だ遠し」と。太宗曰く、「遠夷来服するは、応に徳義の加うる所に由るべし。往前の功業は、何に因りてか益ます大なる」と。徴曰く、「昔者、四方未だ定まらざるとき、常に徳義を以て心と為す。旋(や)がて海内虞(うれ)い無きを以て、漸く驕奢自溢を加う。所以に功業は盛なりと雖も、終に往初に如かず」と。太宗又た曰く、「行う所は往前に比して何ぞ異なる」と。徴曰く、「貞観の初め、人の言わざるを恐れ、之を導きて諫めしむ。三年已後、人の諫むるを見れば、悦びて之に従う。一二年来、人の諫むるを悦ばず。勉強して聴受すと雖も、意は終に平らかならず、諒(まこと)に難色有り」と。太宗曰く、「何の事に於て此くの如き」と。対えて曰く、「即位の初め、元律師を死罪に処す。孫伏伽諫めて曰く、『法は死に至らず。濫りに酷罰を加うるを容(ゆる)す無かれ』と。遂に蘭陵公主の園を賜う。直(あたい)は銭百万。人或いは曰く、『言う所は乃ち常事なるに、賞する所は太(はなは)だ厚し』と。答えて曰く、『我は即位より来、未だ諫むる者有らず。賞する所以なり』と。此れ之を導きて言わしむるなり。徐州司戸柳雄は隋の資に於て妄りに階級を加う。人の之を告ぐる者有り。陛下は其れをして自首せしめ、首せずんば罪を与うとす。遂に固く是れ実なりと言い、竟に首するを肯んぜず。大理は推して其の偽を得、将に雄を死罪に処せんとす。少卿戴冑奏す、法は止だ徒に合うのみと。陛下曰く、『我は已に其れと断当し訖(お)われり。但だ当に死罪を与うべし』と。冑曰く、『陛下既に然らずんば、即ち臣が法司に付せ。罪は死に合わず。酷濫なるべからず』と。陛下色を作して殺すを遣(し)む。冑之を執りて已まざること、四五に至る。然る後に之を赦す。乃ち法司に謂いて曰く、『但だ能く我が為に此くの如く法を守らば、豈に濫りに誅夷有るを畏れんや』と。此れ則ち悦びて以て諫に従うなり。往年、陝県の丞皇甫徳参は書を上りて大いに聖旨に忤らう。陛下は以て訕謗と為す。臣奏して称す、上書は激切ならずんば、人主の意を起こす能わず。激切なれば即ち訕謗に似たりと。時に臣の言に従うと雖も、物二十段を賞す。意は甚だ平らかならず、諫を受くるに難(かた)んず」と。太宗曰く、「誠に公の言の如し。公に非ずんば能く此を道う者無し。人は皆な自ら覚らざるに苦しむ。公が未だ道わざる時に向(さき)んじては、都(すべ)て自ら行う所は変わらずと謂えり。公の論説を見るに及び、過失は驚くに堪えたり。公は但だ此の心を存せよ。朕は終に公の語に違わず」と。
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貞観政要・政体貞観七年、太宗、秘書監魏徴と従容として自古の理政の得失を論ず。因りて曰く、「当今は大乱の後なり。造次に化を致すべからず」と。徴曰く、「然らず。凡そ人は危困に在れば、則ち死亡を憂う。死亡を憂うれば、則ち化を思う。化を思えば、則ち教え易し。然らば則ち乱後は教え易きこと、猶お飢人の食らい易きがごときなり」と。太宗曰く、「善人邦を為(おさ)むること百年、然る後に残に勝ち殺を去る。大乱の後、将に化を致すを求めんとす。寧ろ造次にして望むべけんや」と。徴曰く、「此れ常人に拠る。聖哲に在らず。若し聖哲化を施し、上下心を同じくせば、人の応ずること響の如く、疾(と)くせずして速やかに、期月にして可ならん。信に難しと為さず。三年にして功を成すも、猶お其の晩しと謂わん」と。太宗以て然りと為す。封徳彜(ほうとくい)等対えて曰く、「三代より後、人は漸く澆訛(ぎょうか)なり。故に秦は法律に任じ、漢は霸道を雑(まじ)う。皆な理めんと欲して能わず。豈に能く化して欲せざらんや。若し魏徴の説く所を信ぜば、恐らくは国家を敗乱せん」と。徴曰く、「五帝・三王は、人を易えずして化す。帝道を行えば則ち帝たり、王道を行えば則ち王たり。当時の理むる所に在り、之を化するのみ。之を載籍に考うれば、得て知るべし。昔、黄帝は蚩尤(しゆう)と七十余戦す。其の乱れたること甚だし。既に之に勝ちて後、便ち太平を致す。九黎(きゅうれい)徳を乱す。顓頊(せんぎょく)之を征す。既に克ちて後、其の化を失わず。桀は乱虐を為す。而して湯は之を放つ。湯の代に在りて、即ち太平を致す。紂は無道を為す。武王之を伐つ。成王の代に、亦た太平を致す。若し人漸く澆訛にして、純樸に及ばずと言わば、今に至りて応(まさ)に悉く鬼魅と為るべし。寧ろ復た得て教化すべけんや」と。徳彜等之を難ずる無し。然れども咸(みな)以て不可と為す。太宗毎に力行して倦まず。数年の間、海内康寧、突厥破滅す。因りて群臣に謂いて曰く、「貞観の初め、人皆な異論す。云く、当今必ず帝道・王道を行うべからず、と。惟だ魏徴のみ我に勧む。既に其の言に従い、数載を過ぎずして、遂に華夏の安寧、遠戎の賓服を得たり。突厥は古より以来、常に中国の勍敵(けいてき)為り。今、酋長は並びに刀を帯びて宿衛し、部落は皆な衣冠を襲(つ)ぐ。我をして遂に此に至らしむるは、皆な魏徴の力なり」と。顧みて徴に謂いて曰く、「玉は美質有りと雖も、石間に在り、良工の琢磨に値(あ)わざれば、瓦礫と別(わか)たず。若し良工に遇わば、即ち万代の宝と為る。朕は美質無しと雖も、公の切磋する所と為る。公が朕を約するに仁義を以てし、朕を弘むるに道徳を以てし、朕の功業をして此に至らしむるを労す。公も亦た良工為るに足るのみ」と。
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貞観政要・誠信太宗疏を覧て嘆じて曰く、「若し公に遇わずんば、何に由りて此の語を聞くを得んや」と。
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貞観政要・誠信王道休明なるより、十有余載。威は海外に加わり、万国は庭に来たる。倉廩は日に積み、土地は日に広し。然れども道徳未だ益ます厚からず、仁義未だ益ます博からざる者は、何ぞや。下を待つの情、未だ誠信を尽くさず。善始の勤有りと雖も、未だ克終の美を睹(み)ざるが故なり。昔、貞観の始め、乃ち善を聞きて驚嘆す。八九年の間に暨(およ)びては、猶お悦びて以て諫に従う。茲より厥(そ)の後、漸く直言を悪む。或いは勉強して容るる所有りと雖も、復た曩時(のうじ)の豁如たるに非ず。謇諤(けんがく)の輩は、稍(やや)龍鱗を避く。便佞の徒は、其の巧辯を肆(ほしいまま)にす。心を同じくする者を擅権と謂い、忠讜なる者を誹謗と謂う。之を朋党と謂わば、忠信なりと雖も疑うべし。之を至公と謂わば、矯偽なりと雖も咎無し。強直なる者は擅権の議を畏れ、忠讜なる者は誹謗の尤(とが)を慮る。正臣は其の言を尽くすを得ず、大臣は能く之と争う莫し。視聴を熒惑(けいわく)し、大道に鬱す。政を妨げ徳を損なうは、其れ此に在るか。故に孔子曰く「利口の邦家を覆す者を悪む」と。蓋し此が為なり。
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貞観政要・慎終伏して惟うに陛下、年は甫(はじ)めて弱冠にして、大いに横流を拯(すく)い、区宇を削平し、肇(はじ)めて帝業を開く。貞観の初め、時に方(まさ)に克壮なり。嗜欲を抑損し、躬ら節倹を行う。内外は康寧にして、遂に至治に臻(いた)る。功を論ずれば則ち湯・武も方(くら)ぶるに足らず。徳を語れば則ち堯・舜も未だ遠しと為さず。臣は左右に擢居せられてより、十有余年。帷幄に侍する毎に、屢々明旨を奉ず。常に仁義の道を許し、之を守りて失わず。倹約の志、終始して渝(かわ)らず。一言、邦を興すとは、斯れ之を謂うなり。徳音は耳に在り。敢えて之を忘れんや。而るに頃年より以来、稍(やや)曩志(のうし)に乖(そむ)き、敦朴の理、漸く克く終えず。謹んで聞く所を以て、之を左に列す。
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貞観政要・慎終貞観五年、太宗侍臣に謂いて曰く、「古より帝王も亦た常には化する能わず。仮令(たと)い内安からば、必ず外擾有り。当今、遠夷は率服し、百穀は豊稔なり。盗賊は作(おこ)らず、内外は寧静なり。此れ朕一人の力に非ず。実に公等の共に相い匡輔するに由る。然れども安きに危うきを忘れず、治に乱を忘れず。今日、事無きを知ると雖も、亦た須らく其の終始を思うべし。常に此くの如きを得ば、始めて是れ貴ぶべきなり」と。魏徴対えて曰く、「古より已来、元首と股肱と備具する能わず。或いは時に君は聖と称せらるるも、臣は即ち賢ならず。或いは賢臣に遇うも、即ち聖主無し。今、陛下は明なり。所以に治を致す。向(も)し若し直だ賢臣有るのみにして、君は化を思わずんば、亦た益する所無し。天下は今、太平なりと雖も、臣等は猶お未だ以て喜と為さず。惟だ願わくは陛下、安きに居りて危うきを思い、孜孜として怠らざれ」と。
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