貞観政要 / 誠信
自王道休明,十有餘載,威加海外,萬國來庭,倉廩日積,土地日廣。然而道德未益厚,仁義未益博者,何哉?由乎待下之情,未盡於誠信,雖有善始之勤,未睹克終之美故也。昔貞觀之始,乃聞善驚嘆,暨八九年間,猶悅以從諫,自茲厥後,漸惡直言,雖或勉強有所容,非復曩時之豁如。謇諤之輩,稍避龍鱗;便佞之徒,肆其巧辯。謂同心者為擅權,謂忠讜者為誹謗。謂之為朋黨,雖忠信而可疑;謂之為至公,雖矯偽而無咎。強直者畏擅權之議,忠讜者慮誹謗之尤。正臣不得盡其言,大臣莫能與之爭。熒惑視聽,郁於大道,妨政損德,其在此乎?故孔子曰「惡利口之覆邦家者?」蓋為此也。
新字:自王道休明,十有余載,威加海外,万国来庭,倉廩日積,土地日広。然而道徳未益厚,仁義未益博者,何哉?由乎待下之情,未尽於誠信,雖有善始之勤,未睹克終之美故也。昔貞観之始,乃聞善驚嘆,暨八九年間,猶悦以従諫,自茲厥後,漸悪直言,雖或勉強有所容,非復曩時之豁如。謇諤之輩,稍避竜鱗;便佞之徒,肆其巧弁。謂同心者為擅権,謂忠讜者為誹謗。謂之為朋党,雖忠信而可疑;謂之為至公,雖矯偽而無咎。強直者畏擅権之議,忠讜者慮誹謗之尤。正臣不得尽其言,大臣莫能与之争。熒惑視聴,郁於大道,妨政損徳,其在此乎?故孔子曰「悪利口之覆邦家者?」蓋為此也。
書き下し
王道休明なるより、十有余載。威は海外に加わり、万国は庭に来たる。倉廩は日に積み、土地は日に広し。然れども道徳未だ益ます厚からず、仁義未だ益ます博からざる者は、何ぞや。下を待つの情、未だ誠信を尽くさず。善始の勤有りと雖も、未だ克終の美を睹(み)ざるが故なり。昔、貞観の始め、乃ち善を聞きて驚嘆す。八九年の間に暨(およ)びては、猶お悦びて以て諫に従う。茲より厥(そ)の後、漸く直言を悪む。或いは勉強して容るる所有りと雖も、復た曩時(のうじ)の豁如たるに非ず。謇諤(けんがく)の輩は、稍(やや)龍鱗を避く。便佞の徒は、其の巧辯を肆(ほしいまま)にす。心を同じくする者を擅権と謂い、忠讜なる者を誹謗と謂う。之を朋党と謂わば、忠信なりと雖も疑うべし。之を至公と謂わば、矯偽なりと雖も咎無し。強直なる者は擅権の議を畏れ、忠讜なる者は誹謗の尤(とが)を慮る。正臣は其の言を尽くすを得ず、大臣は能く之と争う莫し。視聴を熒惑(けいわく)し、大道に鬱す。政を妨げ徳を損なうは、其れ此に在るか。故に孔子曰く「利口の邦家を覆す者を悪む」と。蓋し此が為なり。
現代語訳
王道が明らかになってから、十余年。威は海外に及び、万国が朝廷に来ています。倉は日々積まれ、土地は日々広がる。しかし道徳がますます厚くならず、仁義がますます広まらないのは、なぜでしょう。下を遇する心が、まだ誠と信を尽くしていないからです。善き始めの努力はあっても、善き終わりの美をまだ見ていないからです。かつて貞観の初め、善を聞いて驚き感嘆されました。八、九年の間は、なお喜んで諫めに従われた。それからは、次第に直言を嫌われるようになった。無理に受け入れることはあっても、以前のような晴れやかさはありません。まっすぐに諫める者は、やや逆鱗を避けるようになった。へつらう者は、巧みな弁舌をほしいままにしています。心を同じくする者を、権を専らにすると言い、忠実な者を、誹謗すると言う。徒党だと言われれば、忠信であっても疑われる。公正だと言われれば、偽りであっても咎められない。剛直な者は権を専らにするという議論を畏れ、忠実な者は誹謗という咎めを慮る。正しい臣は言葉を尽くせず、大臣も争えない。見聞を惑わし、大道を塞ぐ。政治を妨げ徳を損なうのは、ここにあるのではないでしょうか。だから孔子は「口先の巧みさが国家を覆すことを憎む」と言いました。まさにこのためです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『講孟余話』告子下 第二章此の章、徐行疾行を以て孝弟を論じ、言行衣服を以て堯桀を分つ。言浅近なりと云へども、其の然る所以の故を求めば、性の本然道の全体具に茲に存するは勿論なり。然れども心を舎てて言行を論ずるは至論に非ず。若し此の論のみを信ぜば、巧言令色、足恭色荘の者を以て孝弟とし、堯舜とするの誤りあらん。又或は義外の説に陥り、道を以て偽となすに近からん。是れ亦思はざるべからず。故に註に「詳らかにするに曹交の間、浅陋麤率、必ず其の進見の時、礼貌衣冠言動の間、多く礼に循はず、故に孟子之に告ぐること此の両節の如し」と云ふとあり。然れども曹交の浅陋麤率専ら言語上に於て求むべからず。唯言語外に於て其の精神を想像すべし。然らずんば十尺九尺の言浅陋の如しと云へども、上篇第七章足口耳目の喩の如きも亦相類すと云ふべし。故に其の浅陋の所は十尺九尺に非ず、其の言語動作の間少しも精神なきのみ。又梁襄王を以て曹交に比し、其の優劣を臆度せんに、襄王は小才ありて絶えて実心なし。曹交は遅鈍の極みと云へども、却つて少しの実心あり。故に襄王は必ず事を誤る人なり。曹交に至りては却つて大誤なかるべし。千古の人を懸空に論ずるは無益なれども、亦致格の一端ならんか。
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『格言聯璧』處事類・天下に化すべからざるの人無し眞實の肝膽を以て人を待てば、事未だ必ずしも功を成さずと雖も、日後人必ず我の肝膽を見ん。 詐偽の心腸を以て事に處すれば、人即ひ一時惑ひを受くるも、日後人必ず我の心腸を見ん。 天下に化すべからざるの人無し、但だ誠心の未だ至らざるを恐る。 天下に爲すべからざるの事無し、只だ立志の堅からざるを怕る。
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史記 扁鵲倉公列伝時に未だ往かざるに、会々慶の子男殷来りて馬を献ず。師光に因りて馬を王の所に奏す。意故を以て殷と善きを得たり。光又意を殷に属して曰く、『意は数を好む。公必ず謹みて之を遇せよ。其の人は聖儒なり』と。即ち書を為りて意を以て陽慶に属す。故を以て慶を知る。臣意慶に事ふること謹む。故を以て意を愛するなり」と。臣意に問ひて曰く、「吏民嘗て事として意の方を学び、及び畢く尽く意の方を得たるもの有りや不や。何れの県里の人ぞ」と。対へて曰く、「臨菑の人宋邑。邑学ぶ。臣意教ふるに五診を以てすること、歳余。済北王太医高期・王禹を遣はして学ばしむ。臣意教ふるに経脈の高下及び奇絡の結、当に俞の居る所を論ずべきこと、及び気の当に上下出入すべき邪正逆順、以て鑱石に宜しきこと、砭灸の処を定むることを以てすること、歳余。菑川王時に太倉の馬長馮信を遣はして方を正さしむ。臣意教ふるに案法逆順、薬法を論じ、五味及び和斉湯法を定むることを以てす。高永侯の家丞杜信、脈を喜み、来り学ぶ。臣意教ふるに上下経脈五診を以てすること、二歳余。臨菑の召里の唐安来り学ぶ。臣意教ふるに五診上下経脈、奇咳、四時陰陽に応ずるの重を以てす。未だ成らずして、除せられて斉王の侍医と為る」と。臣意に問ふ、「病を診し死生を決するに、能く全く失無きか」と。臣意対へて曰く、「意病人を治するに、必ず先づ其の脈を切して、乃ち之を治す。敗逆なる者は治すべからず。其の順なる者は乃ち之を治す。心脈に精しからず、期する所の死生、治すべきを視るに、時時之を失す。臣意全くする能はざるなり」と。太史公曰く、女は美悪と無く、宮に居れば妒まる。士は賢不肖と無く、朝に入れば疑はる。故に扁鵲は其の伎を以て殃せられ、倉公乃ち跡を匿して自ら隠れて刑に当たる。緹縈尺牘を通じ、父以て後に寧きを得たり。故に老子曰く、「美好なる者は不祥の器なり」と。豈に扁鵲等を謂ふか。倉公の若き者は、之に近しと謂ふべし。手の三陽の脈は、手より頭に至るまで長さ五尺、五六合して三丈。
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人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
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