貞観政要 / 誠信
貞觀十年,魏徵上疏曰:
新字:貞観十年,魏徴上疏曰:
書き下し
貞観十年、魏徴疏を上りて曰く、
現代語訳
貞観十年、魏徴が上奏文を奉って言った。
解説
この一行は、これから始まる魏徴の長い上奏文の書き出しにすぎません。しかしその中身は、多くの人にとって特に大切な章です。主題は「信」、つまり人を信じ、人から信じてもらうということです。魏徴はまず、国を治める土台は徳と礼にあり、君主が何よりも大事に保つべきものは誠と信にあると説きます。抽象的な言葉に聞こえるかもしれませんが、この後の議論はとても具体的です。誠実さと信頼が失われると、人はどう変わり、周りにどんな影響が広がっていくのか。それが順を追って語られていきます。これは君主と家臣の話に限りません。親と子、先生と生徒、近所同士の付き合い、長年の友人関係など、人と人とが信じ合って初めて成り立つ関係すべてに当てはまる教えです。信頼は一度失えば取り戻すのに長い時間がかかるということを、この後の文章はいくつもの具体例で示してくれます。
この章句が説くこと
魏徴の上疏誠信を論じる国の基誠実信一貫性
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