貞観政要 / 誠信
貞觀初,有上書請去佞臣者,太宗謂曰:「朕之所任,皆以為賢,卿知佞者誰耶?」對曰:「臣居草澤,不的知佞者,請陛下佯怒以試群臣,若能不畏雷霆,直言進諫,則是正人,順情阿旨,則是佞人。」太宗謂封德彜曰:「流水清濁,在其源也。君者政源,人庶猶水,君自為詐,欲臣下行直,是猶源濁而望水清,理不可得。朕常以魏武帝多詭詐,深鄙其為人,如此,豈可堪為教令?」謂上書人曰:「朕欲使大信行於天下,不欲以詐道訓俗,卿言雖善,朕所不取也。」
新字:貞観初,有上書請去佞臣者,太宗謂曰:「朕之所任,皆以為賢,卿知佞者誰耶?」対曰:「臣居草沢,不的知佞者,請陛下佯怒以試群臣,若能不畏雷霆,直言進諫,則是正人,順情阿旨,則是佞人。」太宗謂封徳彜曰:「流水清濁,在其源也。君者政源,人庶猶水,君自為詐,欲臣下行直,是猶源濁而望水清,理不可得。朕常以魏武帝多詭詐,深鄙其為人,如此,豈可堪為教令?」謂上書人曰:「朕欲使大信行於天下,不欲以詐道訓俗,卿言雖善,朕所不取也。」
書き下し
貞観の初め、書を上りて佞臣を去らんことを請う者有り。太宗謂いて曰く、「朕の任ずる所は、皆な以て賢と為す。卿は佞なる者の誰なるかを知るか」と。対えて曰く、「臣は草沢に居り、的(たし)かには佞なる者を知らず。請う、陛下は佯(いつわ)り怒りて以て群臣を試みよ。若し能く雷霆を畏れず、直言して諫を進むれば、則ち是れ正人なり。情に順い旨に阿(おもね)らば、則ち是れ佞人なり」と。太宗封徳彜に謂いて曰く、「流水の清濁は、其の源に在るなり。君は政の源なり。人庶は猶お水のごとし。君自ら詐りを為して、臣下の直を行わんことを欲するは、是れ猶お源濁りて水の清きを望むがごとし。理として得べからず。朕は常に魏の武帝の詭詐多きを以て、深く其の人と為りを鄙(いや)しむ。此くの如くんば、豈に教令と為すに堪うべけんや」と。上書の人に謂いて曰く、「朕は大信を天下に行わしめんと欲す。詐道を以て俗を訓えんと欲せず。卿の言は善しと雖も、朕の取らざる所なり」と。
現代語訳
貞観の初め、上書して佞臣を除くよう願い出る者があった。太宗は言った。「私が任じている者は、みな賢者だと思っている。あなたは佞臣が誰か知っているのか」。答えて言った。「臣は民間におり、確かには佞臣を知りません。どうか陛下、偽って怒って群臣を試してください。もし雷のような怒りを恐れず、直言して諫めるなら、それは正しい人です。意に沿い、ご意向におもねるなら、それは佞人です」。太宗は封徳彝に言った。「流れる水の清濁は、その源にある。君主は政治の源であり、民は水のようなものだ。君主が自ら偽りを行いながら、臣下が正直であることを望むのは、源が濁っているのに水が清いことを望むようなものだ。道理として得られない。私は常々、魏の武帝が詐りを多く用いたことから、深くその人柄を卑しんできた。こんなことをして、どうして教えとなろうか」。そして上書した者に言った。「私は大いなる信を天下に行き渡らせたい。詐りの道で風俗を教えたくない。あなたの言葉は善いが、私の取るところではない」。
解説
この章句が説くこと
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貞観政要・誠信王道休明なるより、十有余載。威は海外に加わり、万国は庭に来たる。倉廩は日に積み、土地は日に広し。然れども道徳未だ益ます厚からず、仁義未だ益ます博からざる者は、何ぞや。下を待つの情、未だ誠信を尽くさず。善始の勤有りと雖も、未だ克終の美を睹(み)ざるが故なり。昔、貞観の始め、乃ち善を聞きて驚嘆す。八九年の間に暨(およ)びては、猶お悦びて以て諫に従う。茲より厥(そ)の後、漸く直言を悪む。或いは勉強して容るる所有りと雖も、復た曩時(のうじ)の豁如たるに非ず。謇諤(けんがく)の輩は、稍(やや)龍鱗を避く。便佞の徒は、其の巧辯を肆(ほしいまま)にす。心を同じくする者を擅権と謂い、忠讜なる者を誹謗と謂う。之を朋党と謂わば、忠信なりと雖も疑うべし。之を至公と謂わば、矯偽なりと雖も咎無し。強直なる者は擅権の議を畏れ、忠讜なる者は誹謗の尤(とが)を慮る。正臣は其の言を尽くすを得ず、大臣は能く之と争う莫し。視聴を熒惑(けいわく)し、大道に鬱す。政を妨げ徳を損なうは、其れ此に在るか。故に孔子曰く「利口の邦家を覆す者を悪む」と。蓋し此が為なり。
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貞観政要・誠信太宗嘗て長孫無忌等に謂いて曰く、「朕の即位の初め、書を上る者は一に非ず。或いは言う、人主は必ず須らく威権を独り任ずべし。群下に委任するを得ず、と。或いは兵を耀かし武を振るい、四夷を懾服せんことを欲す。惟だ魏徴のみ朕に勧む、『革を偃(ふ)せて文を興し、徳を布き恵を施さば、中国既に安く、遠人自ら服せん』と。朕は此の語に従う。天下大いに寧し。絶域の君長、皆な来たりて朝貢す。九夷は重訳し、道に相い望む。凡そ此等の事は、皆な魏徴の力なり。朕の任用、豈に人を得ざらんや」と。徴拝謝して曰く、「陛下の聖徳は天より、心を政術に留む。実に庸短を以て、承受するに暇あらず。豈に聖明に益有らんや」と。
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貞観政要・公平陛下は聡明神武、天姿英睿なり。志は泛愛に存し、引納すること多塗なり。善を好むも甚だしくは人を択ばず。悪を疾(にく)むも未だ佞を遠ざくる能わず。又た言を出すに隠す無く、悪を疾むこと太(はなは)だ深し。人の善を聞くも或いは未だ全くは信ぜず。人の悪を聞けば以て必然と為す。独見の明有りと雖も、猶お恐らくは理は或いは未だ尽くさざらん。何となれば、君子は人の善を揚げ、小人は人の悪を訐(あば)く。悪を聞きて必ず信ぜば、則ち小人の道長ぜん。善を聞きて或いは疑わば、則ち君子の道消えん。国家を為むる者は、君子を進めて小人を退くるに急なり。乃ち君子の道をして消えしめ、小人の道をして長ぜしめば、則ち君臣は序を失い、上下は否隔す。乱亡を恤(うれ)えずんば、将た何を以て治めんや。且つ世俗常人は、心に遠慮無く、情は告訐に在り、好んで朋党を言う。夫れ善を以て相い成すを同徳と謂い、悪を以て相い済(な)すを朋党と謂う。今は則ち清濁共に流れ、善悪別無し。告訐を以て誠直と為し、同徳を以て朋党と為す。之を朋党と為さば、則ち事は信ずべき無しと謂う。之を誠直と為さば、則ち言は皆な取るべしと謂う。此れ君恩の下に結ばれざる所以、臣忠の上に達せざる所以なり。大臣は辯正する能わず、小臣は之を敢えて論ずる莫し。遠近は風を承け、混然として俗を成す。国家の福に非ず、治を為むるの道に非ず。適(まさ)に以て奸邪を長じ、視聴を乱し、人君をして信ずる所を知らざらしめ、臣下をして相い安んずるを得ざらしむるに足る。若し遠慮せず、深く其の源を絶たずんば、則ち後患は未だ之れ息(や)まざるなり。今の幸いにして未だ敗れざるは、君に遠慮有りて、始めに之を失うと雖も、必ず終わりに之を得るに由る故なり。若し時に少しく隳(くず)るるに逢い、往きて返らずんば、之を悔いんと欲すと雖も、必ず及ぶ所無からん。既に以て諸を後嗣に伝うべからず。復た何を以て法を将来に垂れんや。且つ夫れ善を進め悪を黜(しりぞ)くるは、人に施す者なり。古を以て鑑と作すは、己に施す者なり。貌を鑑るは止水に在り、己を鑑るは哲人に在り。能く古の哲王を以て、己の行事に鑑みば、則ち貌の妍醜は宛然として目に在り、事の善悪は自ら心に得ん。司過の史を労する無く、芻蕘の議を仮らず、巍巍の功は日に著れ、赫赫の名は弥々遠からん。人君と為る者、務めざるべけんや。
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貞観政要・杜讒邪貞観の初め、太宗侍臣に謂いて曰く、「朕は前代を観るに、讒佞の徒は、皆な国の蟊賊(ぼうぞく)なり。或いは巧言令色、朋党比周す。暗主庸君の若きは、之を以て迷惑せざる莫し。忠臣孝子の血に泣き冤を銜(ふく)む所以なり。故に叢蘭茂らんと欲すれば、秋風之を敗る。王者明らかならんと欲すれば、讒人之を蔽う。此の事は史籍に著る。具さに道う能わず。斉・隋の間の讒譖の事の如きに至りては、耳目の接する所の者、略ぼ公等と之を言わん。斛律明月は、斉朝の良将なり。威は敵国を震わす。周家は毎歳、汾河の氷を斫(き)り、斉兵の西渡を慮る。明月の祖孝徴の讒構する所と被りて伏誅せらるるに及び、周人は始めて斉を吞むの意有り。高熲は経国の大才有り。隋の文帝の為に覇業を賛成す。国政を知る者二十余載。天下は頼りて以て安寧なり。文帝は惟だ婦言のみ是れ聴き、特に擯斥せしむ。煬帝の殺す所と為るに及び、刑政は是に由りて衰壊す。又た隋の太子勇は軍を撫し国を監すること、凡そ二十年間。固より亦た早く定分有り。楊素は主を欺き上を罔(あざむ)き、良善を賊害す。父子の道をして一朝にして天性に滅せしむ。逆乱の源、此より開く。隋文は既に嫡庶を混淆し、竟に禍は其の身に及ぶ。社稷も尋いで亦た覆敗す。古人云う『世乱るれば則ち讒勝つ』と。誠に妄言に非ず。朕は毎に微を防ぎ漸を杜(ふさ)ぎ、用て讒構の端を絶つ。猶お恐る、心力の至らざる所、或いは覚悟する能わざるを。前史に云う、『猛獣、山林に処れば、藜藿(れいかく)も之が為に采られず。直臣、朝廷に立てば、奸邪も之が為に謀を寝(や)む』と。此れ実に朕が群公に望む所なり」と。魏徴曰く、「『礼』に云う、『其の睹(み)ざる所に戒慎し、其の聞かざる所に恐懼す』と。『詩』に云う、『愷悌なる君子、讒言を信ずる無かれ。讒言は極まり罔(な)く、四国を交々(こもごも)乱す』と。又た孔子曰く、『利口の邦家を覆すを悪む』と。蓋し此が為なり。臣嘗て観るに、古より国有り家有る者、若し曲げて讒譖を受け、妄りに忠良を害せば、必ず宗廟は丘墟となり、市朝は霜露とならん。願わくは陛下、深く之を慎め」と。
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貞観政要・誠信太宗疏を覧て嘆じて曰く、「若し公に遇わずんば、何に由りて此の語を聞くを得んや」と。
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貞観政要・杜讒邪貞観中、太宗房玄齢・杜如晦に謂いて曰く、「朕聞く、古より帝王の上は天心に合し、以て太平を致す者は、皆な股肱の力なり、と。朕は比(このごろ)直言の路を開く者は、庶(ちか)くは冤屈を知り、諫諍を聞かんと欲すればなり。有らゆる封事を上る人は、多く百官を告訐(こくけつ)す。細にして采るべき無し。朕は歴(あまね)く前王を選ぶに、但だ君の臣を疑う有らば、則ち下は上に達する能わず。忠を尽くし慮を極むるを求めんと欲するも、何ぞ得べけんや。而るに識無きの人、務めて讒毀を行い、君臣を交々乱す。殊に国に益するに非ず。今より以後、書を上りて人の小悪を訐(あば)く者有らば、当に讒人の罪を以て之を罪すべし」と。
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