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貞観政要 / 公平

貞觀之初,志存公道,人有所犯,一一於法。縱臨時處斷或有輕重,但見臣下執論,無不忻然受納。民知罪之無私,故甘心而不怨;臣下見言無忤,故盡力以效忠。頃年以來,意漸深刻,雖開三面之網,而察見淵中之魚,取舍在於愛憎,輕重由乎喜怒。愛之者,罪雖重而強為之辭;惡之者,過雖小而深探其意。法無定科,任情以輕重;人有執論,疑之以阿偽。故受罰者無所控告,當官者莫敢正言。不服其心,但窮其口,欲加之罪,其無辭乎?又五品已上有犯,悉令曹司聞奏。本欲察其情狀,有所哀矜;今乃曲求小節,或重其罪,使人攻擊惟恨不深。事無重條,求之法外所加,十有六七,故頃年犯者懼上聞,得付法司,以為多幸。告訐無已,窮理不息,君私於上,吏奸於下,求細過而忘大體,行一罰而起眾奸,此乃背公平之道,乖泣辜之意,欲其人和訟息,不可得也。

新字:貞観之初,志存公道,人有所犯,一一於法。縦臨時処断或有軽重,但見臣下執論,無不忻然受納。民知罪之無私,故甘心而不怨;臣下見言無忤,故尽力以効忠。頃年以来,意漸深刻,雖開三面之網,而察見淵中之魚,取舎在於愛憎,軽重由乎喜怒。愛之者,罪雖重而強為之辞;悪之者,過雖小而深探其意。法無定科,任情以軽重;人有執論,疑之以阿偽。故受罰者無所控告,当官者莫敢正言。不服其心,但窮其口,欲加之罪,其無辞乎?又五品已上有犯,悉令曹司聞奏。本欲察其情状,有所哀矜;今乃曲求小節,或重其罪,使人攻擊惟恨不深。事無重条,求之法外所加,十有六七,故頃年犯者懼上聞,得付法司,以為多幸。告訐無已,窮理不息,君私於上,吏奸於下,求細過而忘大体,行一罰而起眾奸,此乃背公平之道,乖泣辜之意,欲其人和訟息,不可得也。

書き下し

貞観の初め、志は公道に存す。人に犯す所有らば、一一法に於てす。縦(たと)い時に臨みて処断すること或いは軽重有るも、但だ臣下の執論を見れば、忻然として受納せざる無し。民は罪の私無きを知る。故に甘心して怨まず。臣下は言いて忤(さか)らわざるを見る。故に力を尽くして以て忠を効(いた)す。頃年より以来、意は漸く深刻なり。三面の網を開くと雖も、而して察して淵中の魚を見る。取捨は愛憎に在り、軽重は喜怒に由る。之を愛する者は、罪は重しと雖も強いて之が辞を為す。之を悪む者は、過ちは小なりと雖も深く其の意を探る。法に定科無く、情に任せて以て軽重す。人に執論有らば、之を疑うに阿偽を以てす。故に罰を受くる者は控告する所無く、官に当たる者は敢えて正言する莫し。其の心を服せずして、但だ其の口を窮む。之に罪を加えんと欲せば、其れ辞無からんや。又た五品已上に犯す有らば、悉く曹司をして聞奏せしむ。本と其の情状を察して、哀矜する所有らんと欲す。今は乃ち曲げて小節を求め、或いは其の罪を重くす。人をして攻撃せしめ、惟だ深からざるを恨む。事に重条無くんば、之を法外に求めて加うる所、十に六七有り。故に頃年、犯す者は上に聞こゆるを懼れ、法司に付するを得るを以て、多幸と為す。告訐已(や)まず、窮理息まず。君は上に私し、吏は下に奸なり。細過を求めて大体を忘れ、一罰を行いて衆奸を起こす。此れ乃ち公平の道に背き、泣辜(きゅうこ)の意に乖(そむ)く。其の人和し訟息(や)むを欲するも、得べからざるなり。

現代語訳

貞観の初め、志は公の道にありました。人が罪を犯せば、一つ一つ法によりました。時に処断が重すぎたり軽すぎたりしても、臣下が議論すれば、喜んで受け入れないことはなかった。民は罰に私心がないと知っていた。だから甘んじて怨まなかった。臣下は言っても咎められないと知っていた。だから力を尽くして忠を尽くした。しかし近年以来、意は次第に厳しくなりました。三方の網を開いて逃がすようでいて、実は淵の底の魚まで見透かす。取捨は好き嫌いによって決まり、軽重は喜怒によって決まる。愛する者は、罪が重くても無理に弁護される。憎む者は、過ちが小さくても意図まで深く探られる。法に定まった条文がなく、感情のままに軽重が決まる。人が議論すれば、身びいきだと疑われる。だから罰を受けた者は訴える所がなく、官にある者は正論を言う勇気がない。心から納得させず、ただ口を封じる。罪を加えようとすれば、口実がないことがありましょうか。また五品以上の者が罪を犯せば、すべて役所に奏上させる。もともとは事情を察して憐れむためでした。今はかえって無理に小さな過ちを探し、罪を重くする。人に攻撃させ、深く追及しないことを恨む。重い条文がなければ、法の外から罪を求めて加えることが、十のうち六、七あります。だから近年、罪を犯した者は陛下のお耳に入ることを恐れ、司法に委ねられることを幸運とします。告発は止まず、追及は止まない。君主は上で私心を持ち、役人は下で奸を働く。細かい過ちを探して大局を忘れ、一つの罰を行って多くの奸を起こす。これは公平の道に背き、罪人に涙した心に反します。人が和み訴訟が止むことを望んでも、できはしません。

解説

この段が指摘するのは、貞観の初めと今とで、裁きの基準がすっかり変わってしまったという恐ろしい事実です。初めのころは、罰の重さに多少の差はあっても、法に基づいて公平に裁かれていたので、民は不満を持たず、臣下も安心して意見を言えました。ところが年月がたつうちに、好きな者の罪は無理にかばい、嫌いな者の過ちは重箱の隅をつついて重くする、という裁き方に変わっていきます。特に恐ろしいのは「罪を犯した者が、陛下のお耳に入ることを恐れ、普通の裁判に回されることを幸運と思うようになった」という一文です。上に知られれば感情で重く裁かれ、法に任せれば軽く済む。これでは、法よりも上の人の機嫌のほうが重くなってしまいます。これは家庭でも、しつけの場でも起こり得ることです。同じ失敗でも、機嫌の良い日は見逃し、虫の居所が悪い日はひどく叱る。基準がその日の気分で変われば、子どもも周りの人も、何を守れば安心なのか分からなくなってしまいます。

この章句が説くこと

取舎在於愛憎軽重由乎喜怒得付法司以為多幸気分が基準になる

この一句を、あなたの毎日に。

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