貞観政要 / 忠義
貞觀十二年,太宗謂中書侍郎岑文本曰:「梁、陳名臣,有誰可稱?復有子弟堪招引否?」文本奏言:「隋師入陳,百司奔散,莫有留者,惟尚書仆射袁憲獨在其主之傍。王世充將受隋禪,群僚表請勸進,憲子國子司業承家,讬疾獨不署名。此之父子,足稱忠烈。承家弟承序,今為建昌令。清貞雅操,實繼先風。」由是召拜晉王友,兼令侍讀,尋授弘文館學士。
新字:貞観十二年,太宗謂中書侍郎岑文本曰:「梁、陳名臣,有誰可稱?復有子弟堪招引否?」文本奏言:「隋師入陳,百司奔散,莫有留者,惟尚書仆射袁憲独在其主之傍。王世充将受隋禅,群僚表請勧進,憲子国子司業承家,讬疾独不署名。此之父子,足稱忠烈。承家弟承序,今為建昌令。清貞雅操,実継先風。」由是召拝晉王友,兼令侍読,尋授弘文館學士。
書き下し
貞観十二年、太宗中書侍郎岑文本に謂いて曰く、「梁・陳の名臣、誰か称すべき有る。復た子弟の招引に堪うる有りや否や」と。文本奏言す、「隋師陳に入るや、百司は奔散す。留まる者有る莫し。惟だ尚書僕射袁憲のみ独り其の主の傍らに在り。王世充将に隋の禅を受けんとす。群僚は表して勧進せんことを請う。憲の子、国子司業承家は、疾に託して独り署名せず。此の父子、忠烈と称するに足る。承家の弟承序は、今、建昌令と為る。清貞雅操、実に先風を継ぐ」と。是に由りて召して晋王友に拝し、兼ねて侍読たらしむ。尋いで弘文館学士を授く。
現代語訳
貞観十二年、太宗が中書侍郎の岑文本に言った。「梁と陳の名臣で、誰か称えるべき者があるか。またその子弟で、招くに足る者はいるか」。岑文本が奏上した。「隋の軍が陳に入ると、諸官はみな逃げ散り、留まる者はありませんでした。ただ尚書僕射の袁憲だけが、主君のそばにいました。王世充が隋の禅譲を受けようとした時、群臣は上表して即位を勧めました。袁憲の子である国子司業の袁承家は、病と称して一人だけ署名しませんでした。この父子は、忠烈と称するに足ります。袁承家の弟の袁承序は、今、建昌令となっています。清廉で正しい節操は、まことに父祖の風を継いでいます」。そこで召して晋王の友とし、侍読を兼ねさせた。まもなく弘文館学士を授けた。