貞観政要 / 規諫太子
十五年,承乾以務農之時,召駕士等役,不許分番,人懷怨苦。又私引突厥群豎入宮。志寧上書諫曰:
新字:十五年,承乾以務農之時,召駕士等役,不許分番,人懐怨苦。又私引突厥群豎入宮。志寧上書諫曰:
書き下し
十五年、承乾は務農の時を以て、駕士等を召して役し、分番を許さず。人は怨苦を懐く。又た私かに突厥の群豎を引きて宮に入らしむ。志寧、書を上りて諫めて曰く、
現代語訳
貞観十五年、承乾は農繁期に、馬丁らを召して使役し、交代を許さなかった。人々は怨みと苦しみを抱いた。また私的に突厥の若者たちを引き入れて宮中に入れた。于志寧は上書して諫めた。
解説
承乾は、農作業でいちばん忙しい時期に馬丁たちを呼び出し、交代することも許さずに働かせ続けました。人々は恨みと苦しみを抱えます。その一方で、異国の若者たちを気に入り、私的に宮中へ引き入れていました。働き手を農繁期に酷使する冷たさと、気に入った相手だけを特別扱いする甘さ。この二つが並んで記されていることに意味があります。人を、必要なときだけ便利に使う道具として見る一方で、好みの相手だけをそばに置いて優遇する。人への接し方が、好き嫌いや都合だけで決まってしまっているのです。家庭でも職場でも、忙しい時だけ人をこき使い、気に入った人にだけ甘くする人がいれば、まわりの信頼はすぐに崩れていきます。
この章句が説くこと
務農之時召駕士役不許分番人の扱いが好悪で決まる
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