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貞観政要 / 規諫太子

十四年,太宗知玄素在東宮頻有進諫,擢授銀青光祿大夫,行太子左庶子。時承乾嘗於宮中擊鼓,聲聞於外,玄素叩合請見,極言切諫。乃出宮内鼓對玄素毁之,遣戶奴伺玄素早朝,陰以馬檛擊之,殆至於死。是時承乾好營造亭觀,窮極奢侈,費用日廣。玄素上書諫曰:

新字:十四年,太宗知玄素在東宮頻有進諫,擢授銀青光祿大夫,行太子左庶子。時承乾嘗於宮中擊鼓,声聞於外,玄素叩合請見,極言切諫。乃出宮内鼓対玄素毁之,遣戶奴伺玄素早朝,陰以馬檛擊之,殆至於死。是時承乾好営造亭観,窮極奢侈,費用日広。玄素上書諫曰:

書き下し

十四年、太宗は玄素の東宮に在りて頻りに進諫有るを知り、擢(ぬきん)でて銀青光禄大夫を授け、太子左庶子を行わしむ。時に承乾は嘗て宮中に於て鼓を撃つ。声は外に聞こゆ。玄素は合を叩きて見えんことを請い、極言切諫す。乃ち宮内の鼓を出して玄素に対して之を毀(こわ)す。戸奴を遣わして玄素の早朝するを伺わしめ、陰かに馬檛(ばすい)を以て之を撃つ。殆ど死に至る。是の時、承乾は好んで亭観を営造す。奢侈を窮極し、費用は日々に広し。玄素、書を上りて諫めて曰く、

現代語訳

貞観十四年、太宗は張玄素が東宮でしきりに諫言していることを知り、抜擢して銀青光禄大夫を授け、太子左庶子を兼ねさせた。当時、承乾は宮中で太鼓を打ち、その音が外まで聞こえた。張玄素は門を叩いて拝謁を願い、思い切って諫めた。承乾は宮中の太鼓を持ち出させ、張玄素の前でそれを壊してみせた。そして家の下僕に張玄素が早朝に出仕するのを見張らせ、密かに馬の鞭で殴らせた。ほとんど死にかけた。この頃、承乾は好んで楼閣を造営し、奢侈を極め、費用は日々増えた。張玄素は上書して諫めた。

解説

太鼓を壊してみせ、その一方で刺客を放って殴らせる。承乾の二面性が現れた一段です。表向きは諫めを受け入れる形を見せ、裏で報復する。しかも張玄素は、殺されかけた後、また上書します。恐怖で黙らせようとしても、黙らない人がいる。この事実が、記録に残りました。

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