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貞観政要 / 尊敬師傅

貞觀六年,詔曰:「朕比尋討經史,明王聖帝,曷嘗無師傅哉?前所進令遂不睹三師之位,意將未可。何以然?黃帝學大顛,顓頊學錄圖,堯學尹壽,舜學務成昭,禹學西王國,湯學威子伯,文王學子期,武王學虢叔。前代聖王,未遭此師,則功業不著乎天下,名譽不傳乎載籍。況朕接百王之末,智不同聖人,其無師傅,安可以臨兆民者哉?《詩》不云乎:『不愆不忘,率由舊章。』夫不學,則不明古道,而能政致太平者未之有也!可即著令,置三師之位。」

新字:貞観六年,詔曰:「朕比尋討経史,明王聖帝,曷嘗無師傅哉?前所進令遂不睹三師之位,意将未可。何以然?黄帝学大顛,顓頊学録図,堯学尹寿,舜学務成昭,禹学西王国,湯学威子伯,文王学子期,武王学虢叔。前代聖王,未遭此師,則功業不著乎天下,名誉不伝乎載籍。況朕接百王之末,智不同聖人,其無師傅,安可以臨兆民者哉?《詩》不云乎:『不愆不忘,率由旧章。』夫不学,則不明古道,而能政致太平者未之有也!可即著令,置三師之位。」

書き下し

貞観六年、詔して曰く、「朕は比(このごろ)経史を尋討す。明王聖帝、曷(なん)ぞ嘗て師傅無からんや。前に進むる所の令には遂に三師の位を睹(み)ず。意は将に未だ可ならざらんとす。何を以て然るか。黄帝は大顛に学び、顓頊は録図に学び、堯は尹寿に学び、舜は務成昭に学び、禹は西王国に学び、湯は威子伯に学び、文王は子期に学び、武王は虢叔に学ぶ。前代の聖王、未だ此の師に遭わずんば、則ち功業は天下に著れず、名誉は載籍に伝わらず。況んや朕は百王の末に接し、智は聖人に同じからず。其れ師傅無くんば、安くんぞ以て兆民に臨むべき者ならんや。『詩』に云わずや、『愆(あやま)らず忘れず、率(つね)に旧章に由る』と。夫れ学ばずんば、則ち古の道に明らかならず。而して能く政もて太平を致す者は、未だ之れ有らざるなり。即ち令に著し、三師の位を置くべし」と。

現代語訳

貞観六年、詔を下して言った。「私は近頃、経書や史書を調べている。名君や聖帝で、師傅を持たなかった者があろうか。先に提出された法令には、三師の位が見当たらない。これはよくないと思う。なぜか。黄帝は大顛に学び、顓頊は録図に学び、堯は尹寿に学び、舜は務成昭に学び、禹は西王国に学び、湯は威子伯に学び、文王は子期に学び、武王は虢叔に学んだ。前代の聖王も、この師に出会わなければ、功業は天下に現れず、名誉は書物に伝わらなかった。まして私は多くの王の末に連なり、知は聖人に及ばない。師傅がなくて、どうして民に臨めよう。『詩経』に『過たず忘れず、常に古の法に従う』とあるではないか。学ばなければ、古の道に明らかでない。それで政治によって太平を実現できた者は、いまだかつてない。ただちに法令に明記し、三師の位を置け」。

解説

黄帝から武王まで、名君と呼ばれた八人の王たちが、それぞれ誰を師として学んだかを一人ずつ挙げていく一段です。黄帝は大顛に、堯は尹寿に、舜は務成昭に、禹は西王国に学んだ、というように。太宗は「これほどの聖王たちでさえ、この師に出会わなければ、その功績は天下に現れず、名も書物に残らなかっただろう」と言います。そして「まして自分は多くの王の末に連なる身で、知恵も聖人には及ばない。師がなくてどうして民の上に立てようか」と続けます。地位が上がり、周りが持ち上げてくれるようになるほど、本音で意見してくれる人、教えてくれる人はかえって少なくなっていきます。会社の社長でも、家庭の年長者でも、地域のまとめ役でも同じです。だからこそ太宗は、気持ち任せにせず、師の位を制度として設け、学ぶ相手を意図して用意したのです。

この章句が説くこと

明王聖帝曷嘗無師傅哉三師之位学ぶ相手を用意する

この一句を、あなたの毎日に。

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