貞観政要 / 尊敬師傅
貞觀三年,太子少師李綱,有腳疾,不堪踐履。太宗賜步輿,令三衛轝入東宮,詔皇太子引上殿,親拜之,大見崇重。綱為太子陳君臣父子之道,問寢視膳之方,理順辭直,聽者忘倦。太子嘗商略古來君臣名教,竭忠盡節之事。綱懍然曰:「讬六尺之孤,寄百里之命,古人以為難,綱以為易。」每吐論發言,皆辭色慷慨,有不可奪之志,太子未嘗不聳然禮敬。
新字:貞観三年,太子少師李綱,有脚疾,不堪践履。太宗賜歩輿,令三衛轝入東宮,詔皇太子引上殿,親拝之,大見崇重。綱為太子陳君臣父子之道,問寝視膳之方,理順辞直,聴者忘倦。太子嘗商略古来君臣名教,竭忠尽節之事。綱懍然曰:「讬六尺之孤,寄百里之命,古人以為難,綱以為易。」毎吐論発言,皆辞色慷慨,有不可奪之志,太子未嘗不聳然礼敬。
書き下し
貞観三年、太子少師李綱、脚疾有り、践履に堪えず。太宗歩輿を賜い、三衛をして轝(か)きて東宮に入らしむ。皇太子に詔して引きて殿に上らしめ、親しく之を拝せしむ。大いに崇重せらる。綱は太子の為に君臣父子の道、寝を問い膳を視るの方を陳ぶ。理は順い辞は直し。聴く者は倦むを忘る。太子嘗て古来の君臣名教、忠を竭くし節を尽くすの事を商略す。綱懍然として曰く、「六尺の孤を託し、百里の命を寄す。古人は以て難しと為すも、綱は以て易しと為す」と。論を吐き言を発する毎に、皆な辞色慷慨、奪うべからざるの志有り。太子は未だ嘗て聳然として礼敬せずんばあらず。
現代語訳
貞観三年、太子少師の李綱は足の病があり、歩くことができなかった。太宗は輿を賜り、三衛の兵に担がせて東宮に入らせた。皇太子に詔して、手を引いて殿上に上らせ、自ら拝礼させた。大いに尊重された。李綱は太子のために、君臣父子の道、朝夕の安否を問い食事を看る作法を述べた。道理は筋が通り、言葉はまっすぐで、聞く者は倦むことを忘れた。太子がかつて、古来の君臣の教えや、忠と節を尽くした事跡を論じたことがあった。李綱は厳かに言った。「幼い孤児を託し、国の命運を委ねる。古人はこれを難しいとしましたが、私は易しいと思います」。論を述べ言葉を発するたびに、いつも言葉と表情は激しく、奪うことのできない志があった。太子は、身を正して敬礼しないことはなかった。
解説
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