貞観政要 / 封建
伏惟陛下握紀御天,膺期啟聖,救億兆之焚溺,掃氛祲於寰區。創業垂統,配二儀以立德;發號施令,妙萬物而為言。獨照神衷,永懷前古。將復五等而修舊制,建萬國以親諸侯。竊以漢、魏以還,餘風之弊未盡;勛華既往,至公之道斯乖。況晉氏失馭,宇縣崩離;後魏乘時,華夷雜處。重以關河分阻,吳、楚懸隔,習文者學長短從橫之術,習武者盡幹戈戰爭之心,畢為狙詐之階,彌長澆浮之俗。開皇在運,因藉外家。驅御群英,任雄猜之數;坐移明運,非克定之功。年逾二紀,民不見德。及大業嗣立,世道交喪,一時人物,掃地將盡。雖天縱神武,削平寇虐,兵威不息,勞止未康。
新字:伏惟陛下握紀御天,膺期啓聖,救億兆之焚溺,掃氛祲於寰区。創業垂統,配二儀以立徳;発号施令,妙万物而為言。独照神衷,永懐前古。将復五等而修旧制,建万国以親諸侯。窃以漢、魏以還,余風之弊未尽;勛華既往,至公之道斯乖。況晋氏失馭,宇県崩離;後魏乗時,華夷雑処。重以関河分阻,呉、楚懸隔,習文者学長短従横之術,習武者尽幹戈戦争之心,畢為狙詐之階,弥長澆浮之俗。開皇在運,因藉外家。駆御群英,任雄猜之数;坐移明運,非克定之功。年逾二紀,民不見徳。及大業嗣立,世道交喪,一時人物,掃地将尽。雖天縦神武,削平寇虐,兵威不息,労止未康。
書き下し
伏して惟うに、陛下は紀を握りて天を御し、期に膺(あた)りて聖を啓く。億兆の焚溺を救い、氛祲(ふんしん)を寰区に掃う。業を創め統を垂れ、二儀に配して以て徳を立つ。号を発し令を施し、万物に妙にして言を為す。独り神衷を照らし、永く前古を懐う。将に五等を復して旧制を修め、万国を建てて以て諸侯を親しくせんとす。窃かに以えらく、漢・魏より還(このかた)、余風の弊は未だ尽きず。勲華既に往き、至公の道は斯に乖く。況んや晋氏は馭を失い、宇県は崩離す。後魏は時に乗じ、華夷雑処す。重ぬるに関河は分かれ阻たり、呉・楚は懸隔す。文を習う者は長短従横の術を学び、武を習う者は尽く干戈戦争の心あり。畢(ことごと)く狙詐の階と為り、弥々澆浮の俗を長ず。開皇は運に在り、外家に因藉す。群英を駆御し、雄猜の数に任ず。坐して明運を移すも、克定の功に非ず。年は二紀を逾ゆるも、民は徳を見ず。大業の嗣立するに及び、世道は交々(こもごも)喪う。一時の人物、地を掃いて将に尽きんとす。天は神武を縦(ゆる)し、寇虐を削平すと雖も、兵威は息(や)まず、労止は未だ康からず。
現代語訳
伏して思いますに、陛下は綱紀を握って天下を治め、時に応じて聖なる道を開かれました。億兆の民を焼け溺れる苦しみから救い、妖気を天下から払われた。事業を創め、道統を垂れ、天地に並んで徳を立てられた。号令を発すれば、万物に妙なる言葉となる。ただ神なる御心で照らし、永く古を思われる。今、五等の爵を復活させて旧制を修め、万国を建てて諸侯を親しくしようとされています。ひそかに思いますに、漢・魏以来、悪しき風習の弊はまだ尽きていません。堯・舜が去ってから、公正の道は失われました。まして晋は統御を失い、天下は崩れ離れた。北魏が時に乗じ、漢族と異民族が入り混じった。加えて関中と河北は分かれ隔たり、呉と楚は遠く離れた。文を学ぶ者は権謀術数を学び、武を学ぶ者はみな戦争の心を持つ。すべてが狡猾さの階段となり、ますます軽薄な風俗を助長しました。隋の開皇年間は運に乗り、外戚の家柄に頼りました。群英を駆使し、猜疑の術に任せた。座して天下の運を移しましたが、実力で定めた功ではありません。二十四年を過ぎても、民は徳を見ませんでした。大業年間に煬帝が継ぐと、世の道はともに失われた。一時の人物は、掃き清めたように尽きようとした。天が神武の帝を遣わし、侵略と暴虐を平らげられたとはいえ、兵威はやまず、民の労苦はまだ癒えていません。
解説
この章句が説くこと
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貞観政要・封建陛下、聖慈に仰ぎ順い、宝暦を嗣膺(しよう)せしより、情は治を致すに深く、前王を綜覈(そうかく)す。至道は名無く、言象の紀す所と雖も、略ぼ梗概を陳ぶるに、実に庶幾(ちか)き所なり。愛敬烝烝として、労して倦まざるは、大舜の孝なり。安を内豎に訪い、親しく御膳を嘗むるは、文王の徳なり。憲司の罪を讞(さだ)め、尚書の獄を奏する毎に、大小必ず察し、枉直咸な挙ぐ。趾を断つの法を以て、大辟の刑に易(か)う。仁心隠惻、幽顕に貫徹するは、大禹の辜(つみ)に泣くなり。色を正し直言し、心を虚しくして受納し、鄙訥を簡(えら)ばず、芻蕘を棄つる無きは、帝堯の諫を求むるなり。名教を弘奨し、学徒を勧励す。既に明経を青紫に擢(ぬきん)で、将に碩儒を卿相に升(のぼ)せんとするは、聖人の善誘なり。群臣は宮中の暑湿にして、寝饍或いは乖(そむ)くを以て、御を高明に移し、一小閣を営まんことを請う。遂に十家の産を惜しみ、竟に子来の願いを抑う。陰陽の感を吝(お)しまず、以て卑陋の居に安んず。頃歳、霜倹にして、普天饑饉なり。喪乱甫(はじ)めて爾(しか)り、倉廩は空虚なり。聖情矜湣(きょうびん)し、勤めて賑恤を加う。竟に一人の道路に流離する無し。猶お且つ食は惟だ藜藿(れいかく)、楽は簨虡(しんきょ)を徹す。言えば必ず淒動し、貌は臒痩(かくそう)を成す。公旦は重訳を喜び、文命は其の即叙を矜(ほこ)る。陛下は四夷の款附し、万里の仁に帰するを見る毎に、必ず退きて思い進みて省み、神を凝らし慮を動かす。妄りに中国を労して、以て遠方を求め、万古の英声を藉らずして、以て一時の茂実を存せんことを恐る。心は憂労に切に、志は遊幸を絶つ。旦毎に朝を視、聴受して倦むこと無し。智は万物に周く、道は天下に済(な)る。朝を罷むるの後、名臣を引進し、是非を討論し、備さに肝膈を尽くす。惟だ政事に及び、更に異辞無し。才(わず)かに日昃(かたむ)けば、必ず才学の士に命じ、賜うに清閑を以てす。高く典籍を談じ、雑うるに文詠を以てし、間(まじ)うるに玄言を以てす。乙夜に疲れを忘れ、中宵に寐ねず。此の四道は、独り往初に邁(こ)ゆ。斯れ実に生民より以来、一人のみ。茲の風化を弘め、四方に昭示せば、信に期月の間を以て、天壌に弥綸すべし。而れども淳粋尚お阻まれ、浮詭未だ移らざるは、此れ習うこと久しきに由る。卒(にわか)に変じ難し。請う、雕を斫(き)りて器と成し、質を以て文に代え、刑措の教一たび行われ、登封の礼云に畢(お)わるを待ちて、然る後に疆理の制を定め、山河の賞を議せば、未だ晩しと為さざるなり。『易』に称す、「天地は盈虚し、時と消息す。況んや人に於てをや」と。美なるかな、斯の言や。
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貞観政要・封建然らば則ち得失成敗、各々由る有り。而るに著述の家は、多く常轍を守る。情は今古を忘れ、理は澆淳に蔽われざるは莫し。百王の季を以て、三代の法を行わんと欲す。天下五服の内、尽く諸侯に封じ、王畿千里の間、俱に采地と為す。是れ則ち結縄の化を以て虞・夏の朝に行い、象刑の典を用いて劉・曹の末を治むるなり。紀綱弛紊せんこと、断じて知るべし。船に鍥(きざ)みて剣を求む。未だ其の可なるを見ず。柱に膠(にか)して文を成す。弥々惑う所多し。徒らに鼎を問い隧を請うに、覇王の師を懼るる有るを知る。白馬素車、復た藩維の援無し。悟らず、望夷の釁(きん)は、未だ羿・浞の災に堪えず。既に高貴の殃に罹る。寧ぞ申・繒の酷に異ならんや。此れ乃ち欽明昏乱、自ら安危を革(あらた)む。固より守宰公侯の、以て興廃を成すに非ず。且つ数世の後、王室は浸(ようや)く微なり。藩屏に始まり、化して仇敵と為る。家は俗を殊にし、国は政を異にす。強は弱を陵ぎ、衆は寡を暴(しいた)ぐ。疆場は彼此、干戈もて侵伐す。狐駘の役、女子は尽く髽(さい)す。崤陵の師、隻輪も反らず。斯れ蓋し略ぼ一隅を挙ぐ。其の余は勝げて数うべからず。陸士衡は方(まさ)に規規然として云う、「嗣王は其の九鼎を委ね、凶族は其の天邑に拠る。天下晏然として、治を以て乱を待つ」と。何ぞ斯の言の謬れるや。而して官を設け職を分かち、賢に任じ能を使う。循良の才を以て、共治の寄に膺(あた)る。刺挙分竹、何の世にか人無からん。地は或いは祥を呈し、天は宝を愛(おし)まざるに至らしむ。民は父母と称し、政は神明に比す。曹元首は方に区区然として称す、「人と其の楽を共にする者は、人必ず其の憂いを憂う。人と其の安を同じくする者は、人必ず其の危を拯(すく)う」と。豈に侯伯と為さば則ち其の安危を同じくし、之に牧宰を任ずれば則ち其の憂楽を殊にするを容(ゆる)さんや。何ぞ斯の言の妄なるや。
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貞観政要・封建封君列国は、其の門資を藉り、其の先業の艱難を忘れ、其の自然の崇貴を軽んず。世を増して淫虐ならざる莫く、代を益して驕侈ならざる莫し。離宮別館は、漢に切(せま)り雲を凌ぐ。或いは人力を刑して将に尽きんとし、或いは諸侯を召して共に楽しむ。陳の霊は則ち君臣礼に悖り、共に徴舒を侮る。衛の宣は則ち父子麀(ゆう)を聚め、終に寿・朔を誅す。乃ち己が為に治を思うと云うも、豈に是くの若くならんや。内外の群官は、朝廷より選ぶ。士庶を擢(ぬきん)でて以て之に任じ、水鏡を澄まして以て之を鑒(かんが)む。年労は其の階品を優にし、考績は其の黜陟を明らかにす。進取の事は切に、砥礪の情は深し。或いは俸禄は私門に入らず、妻子は官舎に之(ゆ)かず。班条の貴きも、食に火を挙げず。剖符の重きも、居ること惟だ水を飲むのみ。南陽の太守は、弊布もて身を裹(つつ)む。莱蕪の県長は、凝塵は甑(こしき)に生ず。専ら利の為に物を図ると云うは、何ぞ其れ爽(たが)えるや。総じて之を言えば、爵は世及に非ずんば、賢を用うるの路は斯に広し。民に定主無くんば、下に附くの情は固からず。此れ乃ち愚知の弁ずる所なり。安くんぞ惑うべけんや。滅国弑君、常を乱し紀を干(おか)すが如きに至りては、春秋二百年の間、略ぼ寧歳無し。次睢に咸秩し、遂に玉帛の君を用う。魯道蕩たる有り、等(ひと)しく衣裳の会を毎(つね)にす。縦(たと)い西漢の哀・平の際、東洛の桓・霊の時、下吏の淫暴なるも、必ず此に至らず。政を為むるの理は、一言を以て之を蔽うべし。
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貞観政要・封建伏して詔書を見るに、宗室勲賢をして藩部に鎮を作(な)し、厥(そ)の子孫に貽(のこ)し、嗣ぎて其の政を守らしむ。大故有るに非ずんば、黜免する或(こと)無し、と。臣窃かに惟うに、陛下の之を封植するは、誠に之を愛し之を重んじ、其の緒裔をして承け守り、国と疆り無からしめんと欲すればなり。可(しか)らんか。堯・舜の父を以てすら、猶お朱・均の子有り。況んや此より下(くだ)りて還(かえ)って、父を以て児を取らんと欲するは、恐らくは之を失うこと遠からん。儻(も)し孩童の職を嗣ぐ有りて、万一驕逸ならば、則ち兆庶は其の殃を被り、而して国家は其の敗を受く。政(まさ)に之を絶たんと欲すれば、則ち子文の理は猶お在り。政に之を留めんと欲すれば、而して欒黶(らんえん)の悪は已に彰る。其の見存の百姓に毒害あらんよりは、則ち寧ろ已亡の一臣に恩を割かしむること、明らかなり。然らば則ち郷(さき)の所謂る之を愛する者は、乃ち適(まさ)に之を傷つくる所以なり。臣謂えらく、宜しく賦するに茅土を以てし、其の戸邑を疇(むく)い、必ず材行有らば、器に随いて方(まさ)に授くべし。則ち翰翮(かんかく)強からずとも、亦た以て尤累を免るるを獲べし。昔、漢の光武は功臣に吏事を任ぜず。終に其の世を全うする所以の者は、良に其の術を得たるに由るなり。願わくは陛下、深く其の宜しきを思い、夫れをして大恩を奉ずるを得しめ、而して子孫は其の福禄を終えしめよ。
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貞観政要・奢縦臣は歴(あまね)く前代を睹(み)るに、夏・殷・周及び漢氏の天下を有するより、祚を伝えて相い継ぐこと、多き者は八百余年、少なき者も猶お四五百年なり。皆な徳を積み業を累ね、恩は人心に結ぶと為す。豈に僻王無からんや。前哲に頼りて以て免るるのみ。魏・晋より以還、降りて周・隋に及ぶまでは、多き者も五六十年に過ぎず、少なき者は才(わず)かに二三十年にして亡ぶ。良に創業の君の恩化を広むるに務めず、当時は僅かに能く自ら守るも、後に遺徳の思うべき無きに由る。故に伝嗣の主は政教少しく衰え、一夫大呼して天下土崩す。今、陛下は大功を以て天下を定むと雖も、而れども積徳は日浅し。固より当に禹・湯・文・武の道を崇び、広く徳化を施し、恩をして余地有らしめ、子孫の為に万代の基を立つべし。豈に但だ政教をして失無からしめ、以て当年を持するのみを欲せんや。且つ古より明王聖主は、人に因りて教えを設け、寛猛は時に随うと雖も、而れども大要は身に節倹し、恩を人に加うるの二者を以て是れ務む。故に其の下は之を愛すること父母の如く、之を仰ぐこと日月の如く、之を敬すること神明の如く、之を畏るること雷霆の如し。此れ其の祚を卜すること遐長にして禍乱作らざる所以なり。
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貞観政要・奢縦今、百姓は喪乱の後を承け、隋の時に比すれば才(わず)かに十分の一なり。而して官の徭役に供すること、道路に相い継ぐ。兄去りて弟還り、首尾絶えず。遠き者は往来五六千里。春秋冬夏、略ぼ休む時無し。陛下は恩詔有りて、其の減省を令する毎に、而れども有司の作は既に廃せず。自然に人を須(もと)む。徒らに文書を行い、之を役すること故(もと)の如し。臣は毎に訪問す、四五年来、百姓は頗る怨嗟の言有り。陛下の之を存養せざるを以てなり。昔、唐堯は茅茨土階、夏禹は悪衣菲食。此くの如きの事は、臣は復た今に行うべからざるを知る。漢の文帝は百金の費を惜しみ、露台の役を輟(や)む。上書の囊を集めて以て殿帷と為す。幸する所の夫人は衣は地を曳かず。景帝に至りては、錦繡綦組(きそ)の女工を妨害するを以て、特に詔して之を除く。百姓の安楽なる所以なり。孝武帝に至りては、奢を窮め侈を極むと雖も、而れども文・景の遺徳を承く。故に人心動かず。向(も)し高祖の後に即ち武帝有らしめば、天下は必ず全うする能わざらん。此れ時代に於て差(やや)近し。事跡は見るべし。今、京師及び益州の諸処に営造供奉する器物、並びに諸王妃主の服飾は、議する者は皆な以て倹と為さず。臣聞く、昧旦に丕(おお)いに顕るるも、後世は猶お怠る。法を理に作るも、其の弊は猶お乱る、と。陛下は少(わか)くして民間に処り、百姓の辛苦を知る。前代の成敗は、目に親しく見る所なり。尚お猶お此くの如し。而して皇太子は深宮に生長し、外事を更(へ)ず。即ち万歳の後、固より聖慮の当に憂うべき所なり。
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