貞観政要 / 封建
臣以為自古皇王,君臨宇內,莫不受命上玄,冊名帝錄,締構遇興王之運,殷憂屬啟聖之期。雖魏武攜養之資,漢高徒役之賤,非止意有覬覦,推之亦不能去也。若其獄訟不歸,菁華已竭,雖帝堯之光被四表,大舜之上齊七政,非止情存揖讓,守之亦不可焉!以放勛、重華之德,尚不能克昌厥後。是知祚之長短,必在於天時,政或興衰,有關於人事。隆周卜世三十,卜年七百,雖淪胥之道斯極,而文、武之器尚存,斯龜鼎之祚,已懸定於杳冥也。至使南征不返,東遷避逼,禋祀闕如,郊畿不守,此乃陵夷之漸,有累於封建焉。暴秦運距閏餘,數終百六。受命之主,德異禹、湯,繼世之君,才非啟、誦。借使李斯、王綰之輩盛開四履,將閭、子嬰之徒俱啟千乘,豈能逆帝子之勃興,抗龍顏之基命者也!
新字:臣以為自古皇王,君臨宇内,莫不受命上玄,冊名帝録,締構遇興王之運,殷憂属啓聖之期。雖魏武攜養之資,漢高徒役之賤,非止意有覬覦,推之亦不能去也。若其獄訟不帰,菁華已竭,雖帝堯之光被四表,大舜之上斉七政,非止情存揖譲,守之亦不可焉!以放勛、重華之徳,尚不能克昌厥後。是知祚之長短,必在於天時,政或興衰,有関於人事。隆周卜世三十,卜年七百,雖淪胥之道斯極,而文、武之器尚存,斯亀鼎之祚,已懸定於杳冥也。至使南征不返,東遷避逼,禋祀闕如,郊畿不守,此乃陵夷之漸,有累於封建焉。暴秦運距閏余,数終百六。受命之主,徳異禹、湯,継世之君,才非啓、誦。借使李斯、王綰之輩盛開四履,将閭、子嬰之徒倶啓千乗,豈能逆帝子之勃興,抗竜顔之基命者也!
書き下し
臣以為(おも)えらく、古より皇王、宇内に君臨するは、上玄に命を受け、帝録に名を冊せらるるに莫(な)しとせず。締構は興王の運に遇い、殷憂は啓聖の期に属す。魏武の携養の資、漢高の徒役の賤と雖も、止(た)だ意に覬覦(きゆ)有るのみに非ず、之を推すも亦た去る能わざるなり。若し其れ獄訟帰せず、菁華已に竭きなば、帝堯の光は四表に被り、大舜の上は七政を斉うと雖も、止だ情に揖譲を存するのみに非ず、之を守るも亦た可ならざるなり。放勲・重華の徳を以てすら、尚お能く厥(そ)の後を克く昌んにする能わず。是れ知る、祚の長短は、必ず天の時に在り。政の或いは興衰するは、人事に関する有り、と。隆周は世を卜すること三十、年を卜すること七百。淪胥の道斯(ここ)に極まると雖も、而も文・武の器は尚お存す。斯れ亀鼎の祚、已に杳冥に懸定せるなり。南征して返らず、東遷して逼を避くるに至らしめ、禋祀(いんし)闕如たり、郊畿守られず。此れ乃ち陵夷の漸なり。封建に累(わずら)わさるる有り。暴秦は運、閏余に距(あた)り、数は百六に終わる。命を受くるの主、徳は禹・湯に異なり、世を継ぐの君、才は啓・誦に非ず。借使(たと)い李斯・王綰の輩、盛んに四履を開き、将閭・子嬰の徒、俱に千乗を啓(ひら)くとも、豈に能く帝子の勃興に逆らい、龍顔の基命に抗せんや。
現代語訳
臣が思いますに、昔から皇王が天下に君臨するのは、天から命を受け、帝王の名簿に名を記されたからにほかなりません。国を築くのは王者の運に出会った時であり、深い憂いは聖人が現れる時期に属します。魏の武帝が宦官の養子の家に生まれ、漢の高祖が人夫の賤しい身であっても、ただ野心があっただけでなく、押しのけようとしても去らせられなかったのです。もし訴えが集まらず、生気がすでに尽きたなら、帝堯の光が四方を照らし、大舜が天体を整えたとしても、ただ譲る心があったというだけでなく、守ろうとしても守れなかったのです。堯や舜の徳をもってしても、その子孫を栄えさせることはできませんでした。ここから知られます。国の命運の長短は、必ず天の時にある。政治の興衰は、人事に関わる、と。周は三十代、七百年と卜われました。衰退が極まっても、文王・武王の器はなお残っていた。これは天命の運が、すでに冥々のうちに定められていたのです。南征して帰らず、東に遷って圧迫を避け、祭祀が絶え、都の周辺も守れなくなった。これは衰えが進んだのであり、封建のせいで煩わされたのです。暴虐な秦は、運が余りの年に当たり、数は百六年で終わった。天命を受けた君主は、徳が禹や湯とは違い、後を継いだ君主は、才が啓や誦ではなかった。たとえ李斯や王綰の輩が大いに領地を開き、将閭や子嬰の徒がみな諸侯となっていても、どうして新たな帝王の勃興に逆らい、天命に抗えたでしょうか。
解説
この章句が説くこと
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貞観政要・封建臣聞く、国を経(おさ)め民を庇(かば)うは、王者の常制なり。主を尊び上を安んずるは、人情の大方なり。理定の規を聞き、以て長世の業を弘めんことを思う。万古易わらず、百慮も帰を同じくす。然れども命歴に余促の殊有り、邦家に理乱の異有り。遐(はる)かに載籍を観るに、之を論ずること詳らかなり。咸な云う、周は其の数に過ぎ、秦は期に及ばず。存亡の理は、郡国に在り、と。周氏は夏・殷の長久を鑒(かんが)みるを以て、皇王の並建に遵う。維城磐石、根を深くし本を固くす。王綱弛廃すと雖も、枝幹相い持す。故に逆節を生ぜず、宗祀絶えざらしむ。秦氏は師古の訓に背き、先王の道を棄つ。華を践み険を恃み、侯を罷めて守を置く。子弟に尺土の邑無く、兆庶に共治の憂え罕(まれ)なり。故に一夫号呼して七廟隳圮(きひ)す。
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貞観政要・封建然らば則ち得失成敗、各々由る有り。而るに著述の家は、多く常轍を守る。情は今古を忘れ、理は澆淳に蔽われざるは莫し。百王の季を以て、三代の法を行わんと欲す。天下五服の内、尽く諸侯に封じ、王畿千里の間、俱に采地と為す。是れ則ち結縄の化を以て虞・夏の朝に行い、象刑の典を用いて劉・曹の末を治むるなり。紀綱弛紊せんこと、断じて知るべし。船に鍥(きざ)みて剣を求む。未だ其の可なるを見ず。柱に膠(にか)して文を成す。弥々惑う所多し。徒らに鼎を問い隧を請うに、覇王の師を懼るる有るを知る。白馬素車、復た藩維の援無し。悟らず、望夷の釁(きん)は、未だ羿・浞の災に堪えず。既に高貴の殃に罹る。寧ぞ申・繒の酷に異ならんや。此れ乃ち欽明昏乱、自ら安危を革(あらた)む。固より守宰公侯の、以て興廃を成すに非ず。且つ数世の後、王室は浸(ようや)く微なり。藩屏に始まり、化して仇敵と為る。家は俗を殊にし、国は政を異にす。強は弱を陵ぎ、衆は寡を暴(しいた)ぐ。疆場は彼此、干戈もて侵伐す。狐駘の役、女子は尽く髽(さい)す。崤陵の師、隻輪も反らず。斯れ蓋し略ぼ一隅を挙ぐ。其の余は勝げて数うべからず。陸士衡は方(まさ)に規規然として云う、「嗣王は其の九鼎を委ね、凶族は其の天邑に拠る。天下晏然として、治を以て乱を待つ」と。何ぞ斯の言の謬れるや。而して官を設け職を分かち、賢に任じ能を使う。循良の才を以て、共治の寄に膺(あた)る。刺挙分竹、何の世にか人無からん。地は或いは祥を呈し、天は宝を愛(おし)まざるに至らしむ。民は父母と称し、政は神明に比す。曹元首は方に区区然として称す、「人と其の楽を共にする者は、人必ず其の憂いを憂う。人と其の安を同じくする者は、人必ず其の危を拯(すく)う」と。豈に侯伯と為さば則ち其の安危を同じくし、之に牧宰を任ずれば則ち其の憂楽を殊にするを容(ゆる)さんや。何ぞ斯の言の妄なるや。
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貞観政要・封建封君列国は、其の門資を藉り、其の先業の艱難を忘れ、其の自然の崇貴を軽んず。世を増して淫虐ならざる莫く、代を益して驕侈ならざる莫し。離宮別館は、漢に切(せま)り雲を凌ぐ。或いは人力を刑して将に尽きんとし、或いは諸侯を召して共に楽しむ。陳の霊は則ち君臣礼に悖り、共に徴舒を侮る。衛の宣は則ち父子麀(ゆう)を聚め、終に寿・朔を誅す。乃ち己が為に治を思うと云うも、豈に是くの若くならんや。内外の群官は、朝廷より選ぶ。士庶を擢(ぬきん)でて以て之に任じ、水鏡を澄まして以て之を鑒(かんが)む。年労は其の階品を優にし、考績は其の黜陟を明らかにす。進取の事は切に、砥礪の情は深し。或いは俸禄は私門に入らず、妻子は官舎に之(ゆ)かず。班条の貴きも、食に火を挙げず。剖符の重きも、居ること惟だ水を飲むのみ。南陽の太守は、弊布もて身を裹(つつ)む。莱蕪の県長は、凝塵は甑(こしき)に生ず。専ら利の為に物を図ると云うは、何ぞ其れ爽(たが)えるや。総じて之を言えば、爵は世及に非ずんば、賢を用うるの路は斯に広し。民に定主無くんば、下に附くの情は固からず。此れ乃ち愚知の弁ずる所なり。安くんぞ惑うべけんや。滅国弑君、常を乱し紀を干(おか)すが如きに至りては、春秋二百年の間、略ぼ寧歳無し。次睢に咸秩し、遂に玉帛の君を用う。魯道蕩たる有り、等(ひと)しく衣裳の会を毎(つね)にす。縦(たと)い西漢の哀・平の際、東洛の桓・霊の時、下吏の淫暴なるも、必ず此に至らず。政を為むるの理は、一言を以て之を蔽うべし。
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貞観政要・辨興亡貞観の初め、太宗従容として侍臣に謂いて曰く、「周の武は紂の乱を平らげ、以て天下を有す。秦皇は周の衰うるに因り、遂に六国を吞む。其の天下を得るは殊ならざるに、祚運の長短は此くの若く相い懸(へだ)たるは何ぞや」と。尚書右僕射蕭瑀進みて曰く、「紂は無道を為す。天下之に苦しむ。故に八百の諸侯は期せずして会す。周室は微なり。六国に罪無し。秦氏は専ら智力に任じ、諸侯を蚕食す。平定は同じと雖も、人情は則ち異なる」と。太宗曰く、「然らず。周は既に殷に克ち、務めて仁義を弘む。秦は既に志を得て、専ら詐力を行う。但だ之を取るに異有るのみに非ず、抑(そもそ)も亦た之を守るに同じからず。祚の修短は、意は茲に在るか」と。
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貞観政要・封建伏して惟うに、陛下は紀を握りて天を御し、期に膺(あた)りて聖を啓く。億兆の焚溺を救い、氛祲(ふんしん)を寰区に掃う。業を創め統を垂れ、二儀に配して以て徳を立つ。号を発し令を施し、万物に妙にして言を為す。独り神衷を照らし、永く前古を懐う。将に五等を復して旧制を修め、万国を建てて以て諸侯を親しくせんとす。窃かに以えらく、漢・魏より還(このかた)、余風の弊は未だ尽きず。勲華既に往き、至公の道は斯に乖く。況んや晋氏は馭を失い、宇県は崩離す。後魏は時に乗じ、華夷雑処す。重ぬるに関河は分かれ阻たり、呉・楚は懸隔す。文を習う者は長短従横の術を学び、武を習う者は尽く干戈戦争の心あり。畢(ことごと)く狙詐の階と為り、弥々澆浮の俗を長ず。開皇は運に在り、外家に因藉す。群英を駆御し、雄猜の数に任ず。坐して明運を移すも、克定の功に非ず。年は二紀を逾ゆるも、民は徳を見ず。大業の嗣立するに及び、世道は交々(こもごも)喪う。一時の人物、地を掃いて将に尽きんとす。天は神武を縦(ゆる)し、寇虐を削平すと雖も、兵威は息(や)まず、労止は未だ康からず。
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貞観政要・奢縦臣は歴(あまね)く前代を睹(み)るに、夏・殷・周及び漢氏の天下を有するより、祚を伝えて相い継ぐこと、多き者は八百余年、少なき者も猶お四五百年なり。皆な徳を積み業を累ね、恩は人心に結ぶと為す。豈に僻王無からんや。前哲に頼りて以て免るるのみ。魏・晋より以還、降りて周・隋に及ぶまでは、多き者も五六十年に過ぎず、少なき者は才(わず)かに二三十年にして亡ぶ。良に創業の君の恩化を広むるに務めず、当時は僅かに能く自ら守るも、後に遺徳の思うべき無きに由る。故に伝嗣の主は政教少しく衰え、一夫大呼して天下土崩す。今、陛下は大功を以て天下を定むと雖も、而れども積徳は日浅し。固より当に禹・湯・文・武の道を崇び、広く徳化を施し、恩をして余地有らしめ、子孫の為に万代の基を立つべし。豈に但だ政教をして失無からしめ、以て当年を持するのみを欲せんや。且つ古より明王聖主は、人に因りて教えを設け、寛猛は時に随うと雖も、而れども大要は身に節倹し、恩を人に加うるの二者を以て是れ務む。故に其の下は之を愛すること父母の如く、之を仰ぐこと日月の如く、之を敬すること神明の如く、之を畏るること雷霆の如し。此れ其の祚を卜すること遐長にして禍乱作らざる所以なり。
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