貞観政要 / 封建
臣聞經國庇民,王者之常制;尊主安上,人情之大方。思聞理定之規,以弘長世之業,萬古不易,百慮同歸。然命歷有餘促之殊,邦家有理亂之異。遐觀載籍,論之詳矣。咸云周過其數,秦不及期,存亡之理,在於郡國。周氏以鑒夏、殷之長久,遵皇王之並建,維城磐石,深根固本,雖王綱弛廢,而枝幹相持,故使逆節不生,宗祀不絕。秦氏背師古之訓,棄先王之道,踐華恃險,罷侯置守,子弟無尺土之邑,兆庶罕共治之憂,故一夫號呼而七廟隳圮。
新字:臣聞経国庇民,王者之常制;尊主安上,人情之大方。思聞理定之規,以弘長世之業,万古不易,百慮同帰。然命歴有余促之殊,邦家有理乱之異。遐観載籍,論之詳矣。咸云周過其数,秦不及期,存亡之理,在於郡国。周氏以鑒夏、殷之長久,遵皇王之並建,維城磐石,深根固本,雖王綱弛廃,而枝幹相持,故使逆節不生,宗祀不絶。秦氏背師古之訓,棄先王之道,践華恃険,罷侯置守,子弟無尺土之邑,兆庶罕共治之憂,故一夫号呼而七廟隳圮。
書き下し
臣聞く、国を経(おさ)め民を庇(かば)うは、王者の常制なり。主を尊び上を安んずるは、人情の大方なり。理定の規を聞き、以て長世の業を弘めんことを思う。万古易わらず、百慮も帰を同じくす。然れども命歴に余促の殊有り、邦家に理乱の異有り。遐(はる)かに載籍を観るに、之を論ずること詳らかなり。咸な云う、周は其の数に過ぎ、秦は期に及ばず。存亡の理は、郡国に在り、と。周氏は夏・殷の長久を鑒(かんが)みるを以て、皇王の並建に遵う。維城磐石、根を深くし本を固くす。王綱弛廃すと雖も、枝幹相い持す。故に逆節を生ぜず、宗祀絶えざらしむ。秦氏は師古の訓に背き、先王の道を棄つ。華を践み険を恃み、侯を罷めて守を置く。子弟に尺土の邑無く、兆庶に共治の憂え罕(まれ)なり。故に一夫号呼して七廟隳圮(きひ)す。
現代語訳
臣はこう聞いております。国を治め民を庇うのは、王者の常の制度です。主を尊び上を安んじるのは、人情の大道です。治定の規範を聞き、それによって長く続く事業を広めたい。万古変わらず、あらゆる思慮も同じところへ帰します。しかし国の命運には長短の違いがあり、国家には治乱の差があります。遠く書物を見れば、これを詳しく論じています。みな言います。周はその定めを超えて長く、秦は期限に及ばなかった。存亡の理は、郡県か封建かにある、と。周は夏や殷の長久にならい、王者が諸侯を並べ立てる制度に従った。城壁のように磐石で、根を深くし本を固くした。王朝の綱紀が緩んでも、枝と幹が支え合った。だから反逆は起きず、祭祀は絶えなかった。秦は古の教えに背き、先王の道を捨てた。険しい地形を恃み、諸侯を廃して郡守を置いた。一族に一尺の領地もなく、民に共に治める心配りもなかった。だから一人の男が叫んだだけで、王朝の宗廟は崩れ去った。
解説
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貞観政要・封建臣以為(おも)えらく、古より皇王、宇内に君臨するは、上玄に命を受け、帝録に名を冊せらるるに莫(な)しとせず。締構は興王の運に遇い、殷憂は啓聖の期に属す。魏武の携養の資、漢高の徒役の賤と雖も、止(た)だ意に覬覦(きゆ)有るのみに非ず、之を推すも亦た去る能わざるなり。若し其れ獄訟帰せず、菁華已に竭きなば、帝堯の光は四表に被り、大舜の上は七政を斉うと雖も、止だ情に揖譲を存するのみに非ず、之を守るも亦た可ならざるなり。放勲・重華の徳を以てすら、尚お能く厥(そ)の後を克く昌んにする能わず。是れ知る、祚の長短は、必ず天の時に在り。政の或いは興衰するは、人事に関する有り、と。隆周は世を卜すること三十、年を卜すること七百。淪胥の道斯(ここ)に極まると雖も、而も文・武の器は尚お存す。斯れ亀鼎の祚、已に杳冥に懸定せるなり。南征して返らず、東遷して逼を避くるに至らしめ、禋祀(いんし)闕如たり、郊畿守られず。此れ乃ち陵夷の漸なり。封建に累(わずら)わさるる有り。暴秦は運、閏余に距(あた)り、数は百六に終わる。命を受くるの主、徳は禹・湯に異なり、世を継ぐの君、才は啓・誦に非ず。借使(たと)い李斯・王綰の輩、盛んに四履を開き、将閭・子嬰の徒、俱に千乗を啓(ひら)くとも、豈に能く帝子の勃興に逆らい、龍顔の基命に抗せんや。
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貞観政要・封建封君列国は、其の門資を藉り、其の先業の艱難を忘れ、其の自然の崇貴を軽んず。世を増して淫虐ならざる莫く、代を益して驕侈ならざる莫し。離宮別館は、漢に切(せま)り雲を凌ぐ。或いは人力を刑して将に尽きんとし、或いは諸侯を召して共に楽しむ。陳の霊は則ち君臣礼に悖り、共に徴舒を侮る。衛の宣は則ち父子麀(ゆう)を聚め、終に寿・朔を誅す。乃ち己が為に治を思うと云うも、豈に是くの若くならんや。内外の群官は、朝廷より選ぶ。士庶を擢(ぬきん)でて以て之に任じ、水鏡を澄まして以て之を鑒(かんが)む。年労は其の階品を優にし、考績は其の黜陟を明らかにす。進取の事は切に、砥礪の情は深し。或いは俸禄は私門に入らず、妻子は官舎に之(ゆ)かず。班条の貴きも、食に火を挙げず。剖符の重きも、居ること惟だ水を飲むのみ。南陽の太守は、弊布もて身を裹(つつ)む。莱蕪の県長は、凝塵は甑(こしき)に生ず。専ら利の為に物を図ると云うは、何ぞ其れ爽(たが)えるや。総じて之を言えば、爵は世及に非ずんば、賢を用うるの路は斯に広し。民に定主無くんば、下に附くの情は固からず。此れ乃ち愚知の弁ずる所なり。安くんぞ惑うべけんや。滅国弑君、常を乱し紀を干(おか)すが如きに至りては、春秋二百年の間、略ぼ寧歳無し。次睢に咸秩し、遂に玉帛の君を用う。魯道蕩たる有り、等(ひと)しく衣裳の会を毎(つね)にす。縦(たと)い西漢の哀・平の際、東洛の桓・霊の時、下吏の淫暴なるも、必ず此に至らず。政を為むるの理は、一言を以て之を蔽うべし。
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貞観政要・辨興亡貞観の初め、太宗従容として侍臣に謂いて曰く、「周の武は紂の乱を平らげ、以て天下を有す。秦皇は周の衰うるに因り、遂に六国を吞む。其の天下を得るは殊ならざるに、祚運の長短は此くの若く相い懸(へだ)たるは何ぞや」と。尚書右僕射蕭瑀進みて曰く、「紂は無道を為す。天下之に苦しむ。故に八百の諸侯は期せずして会す。周室は微なり。六国に罪無し。秦氏は専ら智力に任じ、諸侯を蚕食す。平定は同じと雖も、人情は則ち異なる」と。太宗曰く、「然らず。周は既に殷に克ち、務めて仁義を弘む。秦は既に志を得て、専ら詐力を行う。但だ之を取るに異有るのみに非ず、抑(そもそ)も亦た之を守るに同じからず。祚の修短は、意は茲に在るか」と。
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貞観政要・封建然らば則ち得失成敗、各々由る有り。而るに著述の家は、多く常轍を守る。情は今古を忘れ、理は澆淳に蔽われざるは莫し。百王の季を以て、三代の法を行わんと欲す。天下五服の内、尽く諸侯に封じ、王畿千里の間、俱に采地と為す。是れ則ち結縄の化を以て虞・夏の朝に行い、象刑の典を用いて劉・曹の末を治むるなり。紀綱弛紊せんこと、断じて知るべし。船に鍥(きざ)みて剣を求む。未だ其の可なるを見ず。柱に膠(にか)して文を成す。弥々惑う所多し。徒らに鼎を問い隧を請うに、覇王の師を懼るる有るを知る。白馬素車、復た藩維の援無し。悟らず、望夷の釁(きん)は、未だ羿・浞の災に堪えず。既に高貴の殃に罹る。寧ぞ申・繒の酷に異ならんや。此れ乃ち欽明昏乱、自ら安危を革(あらた)む。固より守宰公侯の、以て興廃を成すに非ず。且つ数世の後、王室は浸(ようや)く微なり。藩屏に始まり、化して仇敵と為る。家は俗を殊にし、国は政を異にす。強は弱を陵ぎ、衆は寡を暴(しいた)ぐ。疆場は彼此、干戈もて侵伐す。狐駘の役、女子は尽く髽(さい)す。崤陵の師、隻輪も反らず。斯れ蓋し略ぼ一隅を挙ぐ。其の余は勝げて数うべからず。陸士衡は方(まさ)に規規然として云う、「嗣王は其の九鼎を委ね、凶族は其の天邑に拠る。天下晏然として、治を以て乱を待つ」と。何ぞ斯の言の謬れるや。而して官を設け職を分かち、賢に任じ能を使う。循良の才を以て、共治の寄に膺(あた)る。刺挙分竹、何の世にか人無からん。地は或いは祥を呈し、天は宝を愛(おし)まざるに至らしむ。民は父母と称し、政は神明に比す。曹元首は方に区区然として称す、「人と其の楽を共にする者は、人必ず其の憂いを憂う。人と其の安を同じくする者は、人必ず其の危を拯(すく)う」と。豈に侯伯と為さば則ち其の安危を同じくし、之に牧宰を任ずれば則ち其の憂楽を殊にするを容(ゆる)さんや。何ぞ斯の言の妄なるや。
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『帝範』建親第二昔(むかし)周(しゅう)の興(おこ)るや、山河(さんが)を割裂(かつれつ)し、宗族(そうぞく)を分(わ)かちて王(おう)とす。内(うち)に晉鄭(しんてい)の輔(たすけ)有(あ)り、外(そと)に魯衛(ろえい)の虞(そなへ)有(あ)り。故(ゆゑ)に卜祚(ぼくそ)靈長(れいちょう)にして、歴年(れきねん)數百(すうひゃく)なり。秦(しん)の季(すゑ)や、淳于(じゅんう)の䇿(さく)を棄(す)て、李斯(りし)の謀(はかりごと)を納(い)る。其(そ)の親(しん)を親(しん)とせず、獨(ひと)り其(そ)の智(ち)を智(ち)とし、顛覆(てんぷく)して恃(たの)む莫(な)く、二世(にせい)にして亡(ほろ)ぶ。斯(こ)れ豈(あ)に枝葉(しよう)疎(そ)ならざれば、則(すなは)ち根柢(こんてい)㧞(ぬ)き難(がた)く、股肱(ここう)既(すで)に殞(お)つれば、則(すなは)ち心腹(しんぷく)依(よ)る無(な)き者(もの)に非(あら)ずや。
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『呻吟語』外篇・治道・郡縣は無定の封建封建は五帝より已に然り。三王は明らかに勢と情とに便ならざるを知るも、用ひざるを得ざるのみ。夏は虞を繼ぐも、諸侯罪無し。安んぞ之を廢するを得ん。湯は桀を放つに、征伐を費やす者十一國、餘は皆な服從す。安んぞ之を廢するを得ん。武は紂を伐つに、期せずして會する者八百、其の會せざる者は、或いは遠く或いは聞かず、亦た三分の二有るの數に在り。安んぞ之を廢するを得ん。六國をして秦を尊びて帝と為さしめば、秦も亦た六國を廢せざらん。他の服するを肯んぜざるに緣り、勢ひ必ず六王を畢へて後に已む。武王の滅を興し絕を繼ぎ、孔子の絕を繼ぎ廢を舉ぐるも、亦た自ら其の先世曾て功德有るに、滅ぶるに及びて、其の罪を以てせざるを之れ言ふのみ。六師の移す所、及び九族の血食する者無きは、必ず其の國を復するを求むと謂ふに非ざるなり。故に封建は必ずしも是ならず、郡縣は必ずしも非ならず。郡縣なる者は、定まり無きの封建なり。封建なる者は、定まり有るの郡縣なり。
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