貞観政要 / 択官
貞觀二年,太宗謂侍臣曰:「朕每夜恒思百姓間事,或至夜半不寐。惟恐都督、刺史堪養百姓以否。故於屏風上錄其姓名,坐臥恒看,在官如有善事,亦具列於名下。朕居深宮之中,視聽不能及遠,所委者惟都督、刺史,此輩實治亂所系,尤須得人。」
新字:貞観二年,太宗謂侍臣曰:「朕毎夜恒思百姓間事,或至夜半不寐。惟恐都督、刺史堪養百姓以否。故於屏風上録其姓名,坐臥恒看,在官如有善事,亦具列於名下。朕居深宮之中,視聴不能及遠,所委者惟都督、刺史,此輩実治乱所系,尤須得人。」
書き下し
貞観二年、太宗侍臣に謂いて曰く、「朕は毎夜恒に百姓の間の事を思う。或いは夜半に至るも寐(い)ねず。惟だ都督・刺史の百姓を養うに堪うるや否やを恐る。故に屏風の上に其の姓名を録し、坐臥恒に看る。官に在りて如し善事有らば、亦た具さに名の下に列す。朕は深宮の中に居り、視聴は遠くに及ぶ能わず。委ぬる所の者は惟だ都督・刺史のみ。此の輩は実に治乱の系(かか)る所なり。尤も須らく人を得べし」と。
現代語訳
貞観二年、太宗が側近の臣に言った。「私は毎夜、民のことを思う。時には真夜中まで眠れない。ただ都督や刺史が、民を養うに足る者かどうかを恐れる。だから屏風に彼らの姓名を書き記し、座っても寝ても、常に見ている。任地で良い事があれば、それも名前の下に詳しく書き添える。私は奥深い宮中にいて、見聞は遠くまで及ばない。委ねられるのは、ただ都督と刺史だけだ。この者たちに、実に治乱がかかっている。とりわけ人を得なければならない」。
解説
地方長官の名前を屏風に書きつけ、座っていても寝ていても、いつも目に入るようにしておく。そして良い働きがあれば、その名前の下に書き足していく。この習慣が印象的です。太宗は「私は奥深い宮中にいて、見聞は遠くまで及ばない。任せられるのは都督や刺史だけだ」と言います。だからこそ、思い出した時にたまに考えるのではなく、常に目に触れる場所に置き、日々の実績を積み重ねて見ていく仕組みを作ったのです。人を評価するということは、一度の印象で決めることではありません。子どもの成長、部下の働きぶり、近所で世話になっている人への感謝も同じです。普段は忘れていても、ふとした折に思い出して、良かったことを書き留めておく。そうした地道な積み重ねが、後になって正しい判断を支えてくれるのです。
この章句が説くこと
録其姓名於屏風坐臥恒看人事は日々の積み重ね人材登用適材適所公平
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