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貞観政要 / 君臣鑑戒

又委任大臣,欲其盡力,每官有所避忌不言,則為不盡。若舉得其人,何嫌於故舊。若舉非其任,何貴於疏遠。待之不盡誠信,何以責其忠恕哉!臣雖或有失之,君亦未為得也。夫上之不信於下,必以為下無可信矣。若必下無可信,則上亦有可疑矣!《禮》曰:「上人疑,則百姓惑。下難知,則君長勞。」上下相疑,則不可以言至治矣。當今群臣之內,遠在一方,流言三至而不投杼者,臣竊思度,未見其人。夫以四海之廣,士庶之眾,豈無一二可信之人哉?蓋信之則無不可,疑之則無可信者,豈獨臣之過乎?夫以一介庸夫結為交友,以身相許,死且不渝,況君臣契合,寄同魚水。若君為堯、舜,臣為稷、契,豈有遇小事則變志,見小利則易心哉!此雖下之立忠未有明著,亦由上懷不信,待之過薄之所致也。豈君使臣以禮,臣事君以忠乎?以陛下之聖明,以當今之功業,誠能博求時俊,上下同心,則三皇可追而四,五帝可俯而六矣。夏、殷、周、漢,夫何足數。」

新字:又委任大臣,欲其尽力,毎官有所避忌不言,則為不尽。若舉得其人,何嫌於故旧。若舉非其任,何貴於疏遠。待之不尽誠信,何以責其忠恕哉!臣雖或有失之,君亦未為得也。夫上之不信於下,必以為下無可信矣。若必下無可信,則上亦有可疑矣!《礼》曰:「上人疑,則百姓惑。下難知,則君長労。」上下相疑,則不可以言至治矣。当今群臣之內,遠在一方,流言三至而不投杼者,臣竊思度,未見其人。夫以四海之広,士庶之眾,豈無一二可信之人哉?蓋信之則無不可,疑之則無可信者,豈独臣之過乎?夫以一介庸夫結為交友,以身相許,死且不渝,況君臣契合,寄同魚水。若君為堯、舜,臣為稷、契,豈有遇小事則変志,見小利則易心哉!此雖下之立忠未有明著,亦由上懐不信,待之過薄之所致也。豈君使臣以礼,臣事君以忠乎?以陛下之聖明,以当今之功業,誠能博求時俊,上下同心,則三皇可追而四,五帝可俯而六矣。夏、殷、周、漢,夫何足数。」

書き下し

又た大臣に委任するは、其の力を尽くさんことを欲すればなり。官毎に避忌する所有りて言わずんば、則ち尽くさずと為す。若し挙ぐるに其の人を得ば、何ぞ故旧を嫌わんや。若し挙ぐるに其の任に非ずんば、何ぞ疎遠を貴ばんや。之を待するに誠信を尽くさずんば、何を以て其の忠恕を責めんや。臣は或いは之を失う有りと雖も、君も亦た未だ得たりと為さざるなり。夫れ上の下を信ぜざるは、必ず以為えらく、下に信ずべき無しと。若し必ず下に信ずべき無くんば、則ち上も亦た疑うべき有るなり。『礼』に曰く、「上人疑わば、則ち百姓惑う。下知り難くんば、則ち君長労す」と。上下相い疑わば、則ち以て至治を言うべからず。当今、群臣の内、遠く一方に在り、流言三たび至るも杼(ひ)を投ぜざる者、臣窃かに思度するに、未だ其の人を見ず。夫れ四海の広き、士庶の衆きを以て、豈に一二の信ずべきの人無からんや。蓋し之を信ずれば則ち不可なる無く、之を疑えば則ち信ずべき者無し。豈に独り臣の過ちのみならんや。夫れ一介の庸夫を以て、結びて交友と為し、身を以て相い許し、死すとも且つ渝(かわ)らず。況んや君臣の契合、寄すること魚水を同じくするをや。若し君は堯・舜と為り、臣は稷・契と為らば、豈に小事に遇いて志を変え、小利を見て心を易(か)うること有らんや。此れ下の忠を立つること未だ明著有らずと雖も、亦た上の不信を懐き、之を待すること薄きに過ぐるの致す所に由るなり。豈に君の臣を使うに礼を以てし、臣の君に事うるに忠を以てするならんや。陛下の聖明を以て、当今の功業を以てす。誠に能く博く時俊を求め、上下心を同じくせば、則ち三皇も追いて四とすべく、五帝も俯して六とすべし。夏・殷・周・漢、夫れ何ぞ数うるに足らん。

現代語訳

また大臣に任せるのは、その力を尽くさせたいからです。役人がそれぞれ遠慮して言わなければ、尽くしていないことになります。もし推挙して適任者を得たなら、古い知り合いであることを嫌う理由がありましょうか。もし推挙して不適任なら、疎遠であることを貴ぶ理由がありましょうか。誠と信を尽くして遇さなければ、どうして忠実さを求められましょう。臣下に落ち度があるとしても、君主もまた正しいとは言えません。上が下を信じないのは、必ず「下に信じられる者はいない」と思うからです。もし本当に下に信じられる者がいないなら、上にもまた疑うべき点があるのです。『礼記』に「上に立つ者が疑えば、民は惑う。下が理解しがたければ、君主は苦労する」とあります。上下が互いに疑えば、最上の治は語れません。今、群臣のうち、遠く地方にあって、三度も讒言が届いても機織りの梭を投げ捨てないでいられる者は、臣がひそかに考えますに、見当たりません。四海の広さ、人々の多さをもって、一人二人の信じられる者がいないでしょうか。思うに、信じれば不可能はなく、疑えば信じられる者はいません。それは臣下だけの過ちでしょうか。一介の凡人でさえ、結んで友となり、身をもって許し合い、死んでも変わりません。まして君臣の結びつきは、魚と水のようなもの。もし君主が堯・舜となり、臣下が稷・契となれば、どうして小事で志を変え、小利で心を移しましょうか。これは下が忠を立てるのが明らかでないとはいえ、上が不信を抱き、遇し方が薄すぎたことによるのです。君主が臣を礼で使い、臣が君に忠で仕えている、と言えるでしょうか。陛下の聖明と、今日の功業をもって、まことに広く俊才を求め、上下が心を同じくすれば、三皇に加えて四人目となり、五帝に加えて六人目となれます。夏・殷・周・漢など、数えるに足りません。

解説

「信じれば不可能はなく、疑えば信じられる者はいない」。この一句が核心の一段です。信頼できる人がいない、という嘆きは、実は自分の側の問題かもしれない。「下に信じられる者がいないなら、上にもまた疑うべき点がある」。そして「三度の讒言に耐えられる者はいない」。信頼は、繰り返される疑いに勝てないのです。

この一句を、あなたの毎日に。

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