貞観政要 / 君臣鑑戒
貞觀六年,太宗謂侍臣曰:「朕聞周、秦初得天下,其事不異。然周則惟善是務,積功累德,所以能保八百之基。秦乃恣其奢淫,好行刑罰,不過二世而滅。豈非為善者福祚延長,為惡者降年不永?朕又聞桀、紂,帝王也,以匹夫比之,則以為辱。顏、閔匹夫也,以帝王比之,則以為榮。此亦帝王深恥也。朕每將此事以為鑒戒,常恐不逮,為人所笑。」魏徵對曰:「臣聞魯哀公謂孔子曰:『有人好忘者,移宅乃忘其妻。』孔子曰:『又有好忘甚於此者,丘見桀、紂之君乃忘其身。』願陛下每以此為慮,庶免後人笑爾!」
新字:貞観六年,太宗謂侍臣曰:「朕聞周、秦初得天下,其事不異。然周則惟善是務,積功累徳,所以能保八百之基。秦乃恣其奢淫,好行刑罰,不過二世而滅。豈非為善者福祚延長,為悪者降年不永?朕又聞桀、紂,帝王也,以匹夫比之,則以為辱。顔、閔匹夫也,以帝王比之,則以為栄。此亦帝王深恥也。朕毎将此事以為鑒戒,常恐不逮,為人所笑。」魏徴対曰:「臣聞魯哀公謂孔子曰:『有人好忘者,移宅乃忘其妻。』孔子曰:『又有好忘甚於此者,丘見桀、紂之君乃忘其身。』願陛下毎以此為慮,庶免後人笑爾!」
書き下し
貞観六年、太宗侍臣に謂いて曰く、「朕聞く、周・秦の初めて天下を得るや、其の事は異ならず。然れども周は則ち惟だ善を是れ務め、功を積み徳を累ぬ。八百の基を保つ能う所以なり。秦は乃ち其の奢淫を恣にし、好んで刑罰を行い、二世に過ぎずして滅ぶ。豈に善を為す者は福祚延長し、悪を為す者は降年永からざるに非ずや。朕又た聞く、桀・紂は帝王なり。匹夫を以て之に比すれば、則ち以て辱と為す。顔・閔は匹夫なり。帝王を以て之に比すれば、則ち以て栄と為す、と。此れ亦た帝王の深き恥なり。朕は毎に此の事を将(もっ)て以て鑒戒と為す。常に逮ばずして、人の笑う所と為らんことを恐る」と。魏徴対えて曰く、「臣聞く、魯の哀公、孔子に謂いて曰く、『人有り、忘るるを好む者、宅を移して乃ち其の妻を忘る』と。孔子曰く、『又た忘るるを好むこと此より甚だしき者有り。丘は桀・紂の君の乃ち其の身を忘るるを見たり』と。願わくは陛下、毎に此を以て慮と為さば、庶(ちか)くは後人の笑いを免れんのみ」と。
現代語訳
貞観六年、太宗が側近の臣に言った。「私はこう聞いている。周と秦が初めて天下を得た時、その事情は変わらなかった。しかし周は善に努め、功を積み徳を重ねた。だから八百年の基を保てた。秦はその奢りをほしいままにし、好んで刑罰を用い、二代を過ぎずに滅んだ。善をなす者は幸いが長く、悪をなす者は寿命が短いということではないか。私はまたこう聞いている。桀や紂は帝王である。庶民を彼らに比べれば、庶民は辱めと感じる。顔回や閔子騫は庶民である。帝王を彼らに比べれば、帝王は誉れと感じる、と。これも帝王にとって深い恥だ。私はいつもこれを戒めとしている。常に及ばず、人に笑われることを恐れている」。魏徴が答えて言った。「臣はこう聞いております。魯の哀公が孔子に『物忘れの激しい者がいて、引っ越しの際に妻を忘れた』と言いました。孔子は『もっとひどい物忘れがあります。私は桀や紂という君主が、自分自身を忘れたのを見ました』と答えました。願わくは陛下、常にこれを心に留めておられれば、後の世の笑いを免れましょう」。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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貞観政要・辨興亡貞観の初め、太宗従容として侍臣に謂いて曰く、「周の武は紂の乱を平らげ、以て天下を有す。秦皇は周の衰うるに因り、遂に六国を吞む。其の天下を得るは殊ならざるに、祚運の長短は此くの若く相い懸(へだ)たるは何ぞや」と。尚書右僕射蕭瑀進みて曰く、「紂は無道を為す。天下之に苦しむ。故に八百の諸侯は期せずして会す。周室は微なり。六国に罪無し。秦氏は専ら智力に任じ、諸侯を蚕食す。平定は同じと雖も、人情は則ち異なる」と。太宗曰く、「然らず。周は既に殷に克ち、務めて仁義を弘む。秦は既に志を得て、専ら詐力を行う。但だ之を取るに異有るのみに非ず、抑(そもそ)も亦た之を守るに同じからず。祚の修短は、意は茲に在るか」と。
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貞観政要・倹約貞観四年、太宗侍臣に謂いて曰く、「宮宇を崇飾し、池台に遊賞するは、帝王の欲する所、百姓の欲せざる所なり。帝王の欲する所の者は放逸、百姓の欲せざる所の者は労弊なり。孔子云う、『一言にして以て終身之を行うべき者有るか。其れ恕か。己の欲せざる所、人に施す勿かれ』と。労弊の事は、誠に百姓に施すべからず。朕は尊きこと帝王と為り、富は四海を有す。事毎に己に由る。誠に能く自ら節せん。若し百姓の欲せずんば、必ず能く其の情に順わん」と。魏徴曰く、「陛下は本と百姓を憐れみ、毎に己を節して以て人に順う。臣聞く、『欲を以て人に従う者は昌え、人を以て己を楽しましむる者は亡ぶ』と。隋の煬帝は志は無厭に在り、惟だ奢侈を好む。所司、供奉営造有る毎に、小しく意に称(かな)わずんば、則ち峻罰厳刑有り。上の好む所は、下必ず甚だしき有り。競いて無限を為し、遂に滅亡に至る。此れ書籍の伝うる所に非ず。亦た陛下の目に親しく見る所なり。其の無道なるが為に、故に天は陛下に命じて之に代わらしむ。陛下若し以て足れりと為さば、今日啻(ただ)に足るのみならず。若し以て足らずと為さば、更に万倍此に過ぐるも、亦た足らず」と。太宗曰く、「公の奏対する所は甚だ善し。公に非ずんば、朕安くんぞ此の言を聞くを得んや」と。
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貞観政要・慎終貞観十二年、太宗侍臣に謂いて曰く、「朕は書を読みて前王の善事を見る。皆な力行して倦まず。其の任用する所の公輩数人は、誠に以て賢と為す。然れども理を致すこと三・五の代に比すれば、猶お逮ばずと為す。何ぞや」と。魏徴対えて曰く、「今、四夷は賓服し、天下は事無し。誠に曠古の未だ有らざる所なり。然れども古より帝王の初めて位に即く者は、皆な精を励まして政を為し、跡を堯・舜に比せんと欲す。其の安楽なるに及ぶや、則ち驕奢放逸にして、能く其の善を終うる莫し。人臣の初めて任用せらるる者は、皆な主を匡し時を済(すく)い、縦(あと)を稷・契に追わんと欲す。其の富貴なるに及ぶや、則ち苟も官爵を全うせんことを思い、能く其の忠節を尽くす莫し。若し君臣をして常に懈怠無く、各々其の終わりを保たしめば、則ち天下は理まらざるを憂うる無く、自ら前古を超邁すべし」と。太宗曰く、「誠に卿の言の如し」と。
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貞観政要・君臣鑑戒貞観十四年、太宗高昌の平らぐを以て、侍臣を召して宴を両儀殿に賜う。房玄齢に謂いて曰く、「高昌若し臣礼を失わずんば、豈に滅亡に至らんや。朕は此の一国を平らぐるも、甚だ危懼を懐く。惟だ当に驕逸を戒めて以て自ら防ぎ、忠謇を納れて以て自ら正すべし。邪佞を黜(しりぞ)け、賢良を用う。小人の言を以て君子を議せず。此を以て慎み守らば、庶幾(ちか)くは安きを獲んか」と。魏徴進みて曰く、「臣、古来の帝王の乱を撥(おさ)め業を創むるを観るに、必ず自ら戒慎し、芻蕘の議を采り、忠讜の言に従う。天下既に安んずれば、則ち情を恣にし欲を肆にし、諂諛を甘楽し、正諫を聞くを悪む。張子房は漢王の計画の臣なり。高祖の天子と為るに及び、将に嫡を廃して庶を立てんとす。子房曰く、『今日の事は、口舌の能く争う所に非ざるなり』と。終に敢えて復た開説する有らず。況んや陛下の功徳の盛んなる、漢祖を以て之に方(くら)ぶれば、彼は準と為すに足らず。位に即きて十有五年、聖徳光被し、今又た高昌を平殄す。屢々安危を以て意に系(か)け、方に忠良を納用し、直言の路を開かんと欲す。天下幸甚なり。昔、斉の桓公は管仲・鮑叔牙・寧戚の四人と飲む。桓公叔牙に謂いて曰く、『盍(なん)ぞ起ちて寡人の為に寿せざる』と。叔牙は觴を奉じて起ちて曰く、『願わくは公は莒に出でし時を忘るる無かれ。管仲をして魯に束縛せられし時を忘るる無からしめよ。寧戚をして牛に飯(か)いて車下にありし時を忘るる無からしめよ』と。桓公席を避けて謝して曰く、『寡人と二大夫と、能く夫子の言を忘るる無くんば、則ち社稷危うからじ』と」と。太宗徴に謂いて曰く、「朕は必ず敢えて布衣の時を忘れず。公も叔牙の人と為りを忘るるを得ざれ」と。
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貞観政要・教戒太子諸王貞観十年、太宗荊王元景・漢王元昌・呉王恪・魏王泰等に謂いて曰く、「漢より已来、帝弟帝子、茅土を受け、栄貴に居る者は甚だ衆し。惟だ東平及び河間王のみ最も令名有り、其の禄位を保つを得たり。楚王瑋の徒の如きは、覆亡すること一に非ず。並びに富貴に生長し、好んで自ら驕逸するの致す所と為す。汝等は鑒誡し、宜しく熟ら之を思うべし。賢才を揀択(かんたく)して、汝が師友と為し、須らく其の諫諍を受け、自ら専らにするを得ざるべし。我聞く、徳を以て物を服す、と。信に虚説に非ず。比(このごろ)嘗て夢中に一人を見る。虞舜と云う。我は覚えず竦然として敬異す。豈に其の徳を仰ぐが為ならざらんや。向(も)し若し夢に桀・紂を見ば、必ず応(まさ)に之を斫(き)るべし。桀・紂は是れ天子なりと雖も、今若し相い喚びて桀・紂と作(な)さば、人は必ず大いに怒らん。顔回・閔子騫・郭林宗・黄叔度は、是れ布衣なりと雖も、今若し相い称賛して此の四賢に類すと道わば、必ず当に大いに喜ぶべし。故に知る、人の身を立つるに、貴ぶ所の者は惟だ徳行に在るのみ。何ぞ必ずしも栄貴を論ぜんや。汝等は位は藩王に列し、家は実封を食む。更に能く克く徳行を修めば、豈に美を具えずや。且つ君子と小人とは本と常無し。善事を行えば則ち君子と為り、悪事を行えば則ち小人と為る。当に須らく自ら克励し、善事をして日々に聞こえしめ、欲を縦(ほしいまま)にし情を肆(ほしいまま)にして、自ら刑戮に陥る勿かるべし」と。
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貞観政要・慎終貞観五年、太宗侍臣に謂いて曰く、「古より帝王も亦た常には化する能わず。仮令(たと)い内安からば、必ず外擾有り。当今、遠夷は率服し、百穀は豊稔なり。盗賊は作(おこ)らず、内外は寧静なり。此れ朕一人の力に非ず。実に公等の共に相い匡輔するに由る。然れども安きに危うきを忘れず、治に乱を忘れず。今日、事無きを知ると雖も、亦た須らく其の終始を思うべし。常に此くの如きを得ば、始めて是れ貴ぶべきなり」と。魏徴対えて曰く、「古より已来、元首と股肱と備具する能わず。或いは時に君は聖と称せらるるも、臣は即ち賢ならず。或いは賢臣に遇うも、即ち聖主無し。今、陛下は明なり。所以に治を致す。向(も)し若し直だ賢臣有るのみにして、君は化を思わずんば、亦た益する所無し。天下は今、太平なりと雖も、臣等は猶お未だ以て喜と為さず。惟だ願わくは陛下、安きに居りて危うきを思い、孜孜として怠らざれ」と。
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