貞観政要 / 納諫
太宗嘗怒苑西監穆裕,命於朝堂斬之,時高宗為皇太子,遽犯顏進諫,太宗意乃解。司徒長孫無忌曰:「自古太子之諫,或乘間從容而言。今陛下發天威之怒,太子申犯顏之諫,誠古今未有。」太宗曰:「夫人久相與處,自然染習。自朕御天下,虛心正直,即有魏徵朝夕進諫,自徵云亡,劉洎、岑文本、馬周、褚遂良等繼之。皇太子幼在朕膝前,每見朕心說諫者,因染以成性,故有今日之諫。」
新字:太宗嘗怒苑西監穆裕,命於朝堂斬之,時高宗為皇太子,遽犯顔進諫,太宗意乃解。司徒長孫無忌曰:「自古太子之諫,或乗間従容而言。今陛下発天威之怒,太子申犯顔之諫,誠古今未有。」太宗曰:「夫人久相与処,自然染習。自朕御天下,虚心正直,即有魏徴朝夕進諫,自徴云亡,劉洎、岑文本、馬周、褚遂良等継之。皇太子幼在朕膝前,毎見朕心説諫者,因染以成性,故有今日之諫。」
書き下し
太宗嘗て苑西監穆裕を怒り、朝堂に於て之を斬らんことを命ず。時に高宗は皇太子と為る。遽かに顔を犯して諫を進む。太宗の意乃ち解く。司徒長孫無忌曰く、「古より太子の諫むるは、或いは間に乗じて従容として言う。今、陛下は天威の怒りを発し、太子は顔を犯すの諫を申(の)ぶ。誠に古今未だ有らざるなり」と。太宗曰く、「夫れ人は久しく相与に処れば、自然に染習す。朕の天下を御してより、心を虚しくして正直なり。即ち魏徴有りて朝夕に諫を進む。徴の亡じてより、劉洎・岑文本・馬周・褚遂良等之に継ぐ。皇太子は幼くして朕の膝前に在り。朕の心に諫むる者を説(よろこ)ぶを見る毎に、因りて染みて以て性を成す。故に今日の諫有り」と。
現代語訳
太宗がかつて苑西監の穆裕に怒り、朝堂で斬るよう命じた。当時、高宗は皇太子であったが、すぐさま逆鱗を冒して諫めた。太宗の怒りはそれで解けた。司徒の長孫無忌が言った。「昔から太子が諫める時は、隙を見て穏やかに言うものです。今、陛下は天の威をもって怒られ、太子は逆鱗を冒して諫めました。まことに古今にないことです」。太宗は言った。「そもそも人は長く共にいれば、自然に染まる。私が天下を治めてから、心を虚しくして正直であろうとしてきた。魏徴がいて朝な夕なに諫めてくれた。魏徴が亡くなってからは、劉洎・岑文本・馬周・褚遂良らがそれに続いた。皇太子は幼い頃から私の膝元にいた。私が心から諫める者を喜ぶのを見るたびに、それが染みついて性となった。だから今日の諫めがあったのだ」。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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貞観政要・教戒太子諸王貞観七年、太宗太子左庶子于志寧・杜正倫に謂いて曰く、「卿等は太子を輔導す。常に須らく為に百姓の間の利害の事を説くべし。朕は年十八、猶お人間に在り。百姓の艱難、諳練(あんれん)せざる無し。帝位に居るに及び、商量処置する毎に、或いは時に乖疏有り。人の諫諍を得て、方(はじ)めて覚悟す。若し忠諫の者の為に説く無くんば、何に由りてか好事を行い得ん。況んや太子は深宮に生長す。百姓の艱難、都(すべ)て聞見せざらんや。且つ人主は安危の系(かか)る所なり。輒(すなわ)ち驕縦を為すべからず。但だ敕を出して云わば、諫むる者有らば即ち斬る、と。必ず知る、天下の士庶は敢えて更に直言を発する無からんことを。故に己に克ち精を励まし、諫諍を容納す。卿等常に須らく此の意を以て共に其れと談説すべし。不是の事有るを見る毎に、宜しく極言切諫し、裨益する所有らしむべし」と。
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貞観政要・納諫貞観十八年、太宗長孫無忌等に謂いて曰く、「夫れ人臣の帝王に対するや、多くは順従して逆らわず、甘言もて以て容を取る。朕は今、発問す。隠す有るを得ず。宜しく次を以て朕の過失を言うべし」と。長孫無忌・唐倹等は皆な曰く、「陛下の聖化は太平を致す。臣の之を観るを以てするに、其の失を見ず」と。黄門侍郎劉洎対えて曰く、「陛下は乱を撥(おさ)め業を創む。実に功は万古より高し。誠に無忌等の言の如し。然れども頃(このごろ)人の書を上りて、辞理の称(かな)わざる者有り。或いは面に対して窮詰し、慚じて退かざる無し。恐らくは言う者を奨進するに非ず」と。太宗曰く、「此の言は是なり。当に卿の為に之を改むべし」と。
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貞観政要・規諫太子貞観中、太子承乾は数(しばしば)礼度を虧(か)き、侈縦は日々に甚だし。太子左庶子于志寧、『諫苑』二十巻を撰して之を諷す。是の時、太子右庶子孔穎達は顔を犯して諫を進むる毎に、承乾の乳母遂安夫人、穎達に謂いて曰く、「太子は長成せり。何ぞ宜しく屢々面摺(めんせつ)を得べけんや」と。対えて曰く、「国の厚恩を蒙る。死すとも恨む所無し」と。諫諍愈々切なり。承乾は『孝経義疏』を撰せしむ。穎達は又た文に因りて意を見(あら)わし、愈々規諫の道を広む。太宗並びに之を嘉納し、二人に各々帛五百疋、黄金一斤を賜い、以て承乾の意を励ます。
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貞観政要・直諫貞観十年、越王は長孫皇后の生む所、太子の介弟なり。聡明絶倫にして、太宗は特に寵異する所なり。或るひと言う、三品以上は、皆な王を軽蔑すと。意は侍中魏徴等を譖(そし)るに在り。以て上の怒りを激す。上、斉政殿に御し、三品已上を引きて入坐せしめ定まる。大いに怒り、色を作して言いて曰く、「我に一言有り、公等に向かいて道わん。往前の天子は、即ち是れ天子なり。今時の天子は、天子に非ざるか。往年の天子の児は、是れ天子の児なり。今日の天子の児は、天子の児に非ざるか。我は隋家の諸王を見るに、達官已下、皆な其の躓頓(ちとん)を被るを免れず。我の児子は、自ら其の縦横を許さず。公等の容易に過ぐる所、相い共に軽蔑するを得たり。我若し之を縦(ゆる)さば、豈に能く公等を躓頓せしめざらんや」と。玄齢等戦慄し、皆な拝謝す。徴、正色して諫めて曰く、「当今の群臣、必ず越王を軽蔑する者無し。然れども礼に在りて、臣と子とは一例なり。『伝』に称す、王人は微なりと雖も、諸侯の上に列す、と。諸侯之を用いて公と為さば、即ち是れ公なり。之を用いて卿と為さば、即ち是れ卿なり。若し公卿と為さずんば、即ち諸侯に下士たり。今、三品已上は、列して公卿と為り、並びに天子の大臣なり。陛下の敬異を加うる所なり。縦い其れ小しく是ならざる有るも、越王何ぞ輒ち折辱を加うるを得んや。若し国家の紀綱廃壊せば、臣の知らざる所なり。当今聖明の時を以てすれば、越王豈に此くの如きを得んや。且つ隋の高祖は礼義を知らず、諸王を寵樹し、無礼を行わしむ。尋いで罪を以て黜(しりぞ)けらる。法と為すべからず。亦た何ぞ道うに足らんや」と。太宗其の言を聞き、喜び色に形(あら)わる。群臣に謂いて曰く、「凡そ人の言語、理到らば、伏せざるべからず。朕の言う所は、身に当たりての私愛なり。魏徴の論ずる所は、国家の大法なり。朕は郷(さき)に忿怒し、自ら理は疑わざるに在りと謂えり。魏徴の論ずる所を見るに及び、始めて大いに道理に非ざるを覚る。人君の言を為すこと、何ぞ容易なるべけんや」と。玄齢等を召して切に之を責め、徴に絹一千匹を賜う。
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貞観政要・直諫貞観十二年、太宗魏徴に謂いて曰く、「比来の行う所の得失・政化は、往前に何如」と。対えて曰く、「若し恩威の加うる所、遠夷の朝貢は、貞観の始めに比すれば、等級を以ては言うべからず。若し徳義の潜かに通じ、民心の悦服は、貞観の初めに比すれば、相い去ること又た甚だ遠し」と。太宗曰く、「遠夷来服するは、応に徳義の加うる所に由るべし。往前の功業は、何に因りてか益ます大なる」と。徴曰く、「昔者、四方未だ定まらざるとき、常に徳義を以て心と為す。旋(や)がて海内虞(うれ)い無きを以て、漸く驕奢自溢を加う。所以に功業は盛なりと雖も、終に往初に如かず」と。太宗又た曰く、「行う所は往前に比して何ぞ異なる」と。徴曰く、「貞観の初め、人の言わざるを恐れ、之を導きて諫めしむ。三年已後、人の諫むるを見れば、悦びて之に従う。一二年来、人の諫むるを悦ばず。勉強して聴受すと雖も、意は終に平らかならず、諒(まこと)に難色有り」と。太宗曰く、「何の事に於て此くの如き」と。対えて曰く、「即位の初め、元律師を死罪に処す。孫伏伽諫めて曰く、『法は死に至らず。濫りに酷罰を加うるを容(ゆる)す無かれ』と。遂に蘭陵公主の園を賜う。直(あたい)は銭百万。人或いは曰く、『言う所は乃ち常事なるに、賞する所は太(はなは)だ厚し』と。答えて曰く、『我は即位より来、未だ諫むる者有らず。賞する所以なり』と。此れ之を導きて言わしむるなり。徐州司戸柳雄は隋の資に於て妄りに階級を加う。人の之を告ぐる者有り。陛下は其れをして自首せしめ、首せずんば罪を与うとす。遂に固く是れ実なりと言い、竟に首するを肯んぜず。大理は推して其の偽を得、将に雄を死罪に処せんとす。少卿戴冑奏す、法は止だ徒に合うのみと。陛下曰く、『我は已に其れと断当し訖(お)われり。但だ当に死罪を与うべし』と。冑曰く、『陛下既に然らずんば、即ち臣が法司に付せ。罪は死に合わず。酷濫なるべからず』と。陛下色を作して殺すを遣(し)む。冑之を執りて已まざること、四五に至る。然る後に之を赦す。乃ち法司に謂いて曰く、『但だ能く我が為に此くの如く法を守らば、豈に濫りに誅夷有るを畏れんや』と。此れ則ち悦びて以て諫に従うなり。往年、陝県の丞皇甫徳参は書を上りて大いに聖旨に忤らう。陛下は以て訕謗と為す。臣奏して称す、上書は激切ならずんば、人主の意を起こす能わず。激切なれば即ち訕謗に似たりと。時に臣の言に従うと雖も、物二十段を賞す。意は甚だ平らかならず、諫を受くるに難(かた)んず」と。太宗曰く、「誠に公の言の如し。公に非ずんば能く此を道う者無し。人は皆な自ら覚らざるに苦しむ。公が未だ道わざる時に向(さき)んじては、都(すべ)て自ら行う所は変わらずと謂えり。公の論説を見るに及び、過失は驚くに堪えたり。公は但だ此の心を存せよ。朕は終に公の語に違わず」と。
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貞観政要・規諫太子太宗見て使を遣わして百薬に謂いて曰く、「朕は皇太子の処に於て卿が作る所の賦を見る。古来の儲貳の事を述べて以て太子を誡む。甚だ是れ典要なり。朕、卿を選びて以て太子を輔弼せしむるは、正に此の事の為なり。大いに委ぬる所に称(かな)う。但だ須らく善く始め令(よ)く終うべきのみ」と。因りて廄馬一疋、彩物三百段を賜う。
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