貞観政要 / 納諫
貞觀十七年,太子右庶子高季輔上疏陳得失。特賜鍾乳一劑,謂曰:「卿進藥石之言,故以藥石相報。」
新字:貞観十七年,太子右庶子高季輔上疏陳得失。特賜鍾乳一剤,謂曰:「卿進薬石之言,故以薬石相報。」
書き下し
貞観十七年、太子右庶子高季輔は疏を上りて得失を陳ぶ。特に鍾乳一剤を賜い、謂いて曰く、「卿は薬石の言を進む。故に薬石を以て相報ゆ」と。
現代語訳
貞観十七年、太子右庶子の高季輔が上奏文を奉って政治の得失を述べた。太宗は特に鍾乳の薬一剤を賜って言った。「あなたは薬石のような言葉を進めてくれた。だから薬石をもって報いよう」。
解説
短い一段ですが、洒落の効いた話です。「薬石の言」とは、身に痛いが体を治す言葉のこと。それに対して、本物の薬で返す。褒美として金銀を与えるより、この機知のほうが記憶に残ります。諫言は苦い。しかし苦いから効く。それを受け手が理解していると示すことが、次の諫言を呼びます。