貞観政要 / 納諫
方今承百王之末,屬雕弊之餘,必欲節以禮制,陛下宜以身為先。東都未有幸期,即令補葺;諸王今並出藩,又須營構。興發數多,豈疲人之所望?其不可一也。陛下初平東都之始,層樓廣殿,皆令撤毀,天下翕然,同心傾仰。豈有初則惡其侈靡,今乃襲其雕麗?其不可二也,每承音旨,未即巡幸,此乃事不急之務,成虛費之勞。國無兼年之積,何用兩都之好?勞役過度,怨讟將起。其不可三也。百姓承亂離之後,財力雕盡,天恩含育,粗見存立,饑寒猶切,生計未安,三五年間,未能復舊。奈何營未幸之都,而奪疲人之力?其不可四也。昔漢高祖將都洛陽,婁敬一言,即日西駕。豈不知地惟土中,貢賦所均,但以形勝不如關內也。伏惟陛下化雕飏之人,革澆漓之俗,為日尚淺,未甚淳和,斟酌事宜,詎可東幸?其不可五也。
新字:方今承百王之末,属雕弊之余,必欲節以礼制,陛下宜以身為先。東都未有幸期,即令補葺;諸王今並出藩,又須営構。興発数多,豈疲人之所望?其不可一也。陛下初平東都之始,層楼広殿,皆令撤毀,天下翕然,同心傾仰。豈有初則悪其侈靡,今乃襲其雕麗?其不可二也,毎承音旨,未即巡幸,此乃事不急之務,成虚費之労。国無兼年之積,何用両都之好?労役過度,怨讟将起。其不可三也。百姓承乱離之後,財力雕尽,天恩含育,粗見存立,饑寒猶切,生計未安,三五年間,未能復旧。奈何営未幸之都,而奪疲人之力?其不可四也。昔漢高祖将都洛陽,婁敬一言,即日西駕。豈不知地惟土中,貢賦所均,但以形勝不如関內也。伏惟陛下化雕飏之人,革澆漓之俗,為日尚浅,未甚淳和,斟酌事宜,詎可東幸?其不可五也。
書き下し
方今、百王の末を承け、雕弊の余に属す。必ず礼制を以て節せんと欲せば、陛下宜しく身を以て先と為すべし。東都は未だ幸する期有らざるに、即ち補葺せしむ。諸王は今並びに藩に出づ。又た須らく営構すべし。興発すること数(しばしば)多し。豈に疲人の望む所ならんや。其の不可なるの一なり。陛下、初め東都を平らぐるの始め、層楼広殿、皆な撤毀せしむ。天下翕然として、心を同じくして傾仰す。豈に初めは則ち其の侈靡を悪みて、今乃ち其の雕麗を襲うこと有らんや。其の不可なるの二なり。音旨を承くる毎に、未だ即ち巡幸せず。此れ乃ち事は急の務に非ず。虚費の労を成す。国に兼年の積無し。何ぞ両都の好を用いんや。労役過度なれば、怨讟将に起こらんとす。其の不可なるの三なり。百姓は乱離の後を承け、財力雕り尽く。天恩含育し、粗(ほ)ぼ存立を見る。饑寒なお切なり。生計未だ安からず。三五年の間、未だ旧に復する能わず。奈何ぞ未だ幸せざるの都を営みて、疲人の力を奪わんや。其の不可なるの四なり。昔、漢の高祖は将に洛陽に都せんとす。婁敬の一言に、即日西に駕す。豈に地は惟れ土の中にして、貢賦の均しき所なるを知らざらんや。但だ形勝の関内に如かざるを以てなり。伏して惟うに、陛下は雕飏の人を化し、澆漓の俗を革(あらた)む。日は尚お浅く、未だ甚だしくは淳和ならず。事宜を斟酌するに、詎(なん)ぞ東幸すべけんや。其の不可なるの五なり。
現代語訳
今、多くの王朝の末を受け継ぎ、荒廃の後に当たっています。必ず礼の制度で節度を保とうとされるなら、陛下がまず自ら手本を示されるべきです。東都にはまだ行幸の予定もないのに、すぐに修繕させる。諸王は今みな任地へ出ており、そちらの造営も要る。工事が何度も重なります。これが疲れ果てた民の望むことでしょうか。不可の第一です。陛下は東都を平定した当初、高層の楼閣も広大な殿舎も、すべて取り壊させました。天下はこぞって心を同じくし、仰ぎ慕いました。初めはその奢りを憎み、今その華麗さを受け継ぐなどということがありましょうか。不可の第二です。ご意向を伺うたび、すぐに行幸されるわけではないという。これは急ぎの務めではなく、無駄な労苦を生むだけです。国に二年分の蓄えもないのに、なぜ二つの都の立派さが要るのでしょう。労役が度を越せば、怨嗟の声が起こります。不可の第三です。民は戦乱の後を受け、財力は尽き果てています。陛下の恩に育まれ、かろうじて生き延びている。飢えと寒さはなお切実で、暮らしは安定していません。三年五年では、元には戻れません。どうして行幸もしない都を造営して、疲れた民の力を奪うのでしょう。不可の第四です。昔、漢の高祖は洛陽に都を置こうとしました。婁敬の一言で、その日のうちに西へ向かいました。土地が国土の中央にあり、貢租が均等に集まることを知らなかったわけではありません。ただ地形の要害が関中に及ばなかったからです。伏して思いますに、陛下は荒れた人心を教化し、薄い風俗を改めておられますが、日はまだ浅く、十分に和らいでいません。事情を考えれば、どうして東へ行幸すべきでしょうか。不可の第五です。