貞観政要 / 求諫
貞觀十七年,太宗問諫議大夫褚遂良曰:「昔舜造漆器,禹雕其俎,當時諫者十有餘人。食器之間,何須苦諫?」遂良對曰:「雕琢害農事,纂組傷女工。首創奢淫,危亡之漸。漆器不已,必金為之。金器不已,必玉為之。所以諍臣必諫其漸,及其滿盈,無所復諫。」太宗曰:「卿言是矣,朕所為事,若有不當,或在其漸,或已將終,皆宜進諫。比見前史,或有人臣諫事,遂答云『業已為之』,或道『業已許之』,竟不為停改。此則危亡之禍,可反手而待也。」
新字:貞観十七年,太宗問諫議大夫褚遂良曰:「昔舜造漆器,禹雕其俎,当時諫者十有余人。食器之間,何須苦諫?」遂良対曰:「雕琢害農事,纂組傷女工。首創奢淫,危亡之漸。漆器不已,必金為之。金器不已,必玉為之。所以諍臣必諫其漸,及其満盈,無所復諫。」太宗曰:「卿言是矣,朕所為事,若有不当,或在其漸,或已将終,皆宜進諫。比見前史,或有人臣諫事,遂答云『業已為之』,或道『業已許之』,竟不為停改。此則危亡之禍,可反手而待也。」
書き下し
貞観十七年、太宗諫議大夫褚遂良に問いて曰く、「昔、舜は漆器を造り、禹は其の俎(そ)を雕(ほ)る。当時の諫むる者十有余人。食器の間、何ぞ苦諫を須(もち)いん」と。遂良対えて曰く、「雕琢は農事を害し、纂組(さんそ)は女工を傷(そこな)う。首(はじ)めて奢淫を創(つく)るは、危亡の漸なり。漆器已(や)まずんば、必ず金もて之を為さん。金器已まずんば、必ず玉もて之を為さん。所以に諍臣は必ず其の漸を諫む。其の満盈するに及びては、復た諫むる所無し」と。太宗曰く、「卿の言は是なり。朕の為す所の事、若し当たらざる有らば、或いは其の漸に在り、或いは已に将に終わらんとするも、皆な宜しく進諫すべし。比(このごろ)前史を見るに、或いは人臣の事を諫むる有るに、遂に答えて云う、『業已(すで)に之を為せり』と。或いは道(い)う、『業已に之を許せり』と。竟に為に停め改めず。此れ則ち危亡の禍、手を反(かえ)して待つべきなり」と。
現代語訳
貞観十七年、太宗が諫議大夫の褚遂良に尋ねた。「昔、舜が漆器を作り、禹がその俎に彫刻を施した時、諫めた者が十人余りいたという。食器くらいのことで、なぜそこまで苦言を呈する必要があるのか」。褚遂良は答えた。「彫刻は農事を妨げ、組紐は女性の仕事を損ないます。初めて奢りと淫らさを作り出すのは、危亡の始まりです。漆器で止まらなければ、必ず金で作るようになる。金で止まらなければ、必ず玉で作るようになる。だから諫める臣は、必ずその兆しの段階で諫めるのです。満ちあふれてしまってからでは、もはや諫めようがありません」。太宗は言った。「あなたの言葉は正しい。私のすることに不当な点があれば、それが兆しの段階であれ、すでに終わりかけていようと、みな諫めてほしい。近頃、以前の史書を見ると、臣下が諫めても、『もうやってしまった』と答えたり、『もう許可してしまった』と言ったりして、結局は止めも改めもしない。これでは危亡の禍が、手のひらを返すように、すぐそこまで来る」。
解説
この章句が説くこと
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貞観政要・政体貞観六年、太宗侍臣に謂いて曰く、「古人云く、『危うくして持せず、顛(たお)れて扶(たす)けずんば、焉くんぞ彼の相を用いん』と。君臣の義、忠を尽くし匡救せざるを得んや。朕嘗て書を読み、桀の関龍逄(かんりょうほう)を殺し、漢の黽錯(ちょうそ)を誅するを見る。未だ嘗て書を廃して嘆息せずんばあらず。公等但だ能く正詞直諫し、政教を裨益(ひえき)せば、終に顔を犯し旨に忤(さか)らうを以て、妄りに誅責有らざらん。朕、比来(ひらい)朝に臨みて断決するに、亦た律令に乖(そむ)く者有り。公等は以て小事と為し、遂に執言せず。凡そ大事は皆な小事より起こる。小事論ぜざれば、大事又た将に救うべからざらんとす。社稷の傾危、此に由らざる莫し。隋主は残暴にして、身は匹夫の手に死す。率土の蒼生、嗟痛(さつう)を聞くこと罕(まれ)なり。公等は朕の為に隋氏滅亡の事を思え。朕は公等の為に龍逄・晁錯の誅を思わん。君臣保全せば、豈に美ならずや」と。
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貞観政要・征伐夫れ珍玩技巧は、喪国の斧斤と為る。珠玉錦繡は、実に迷心の酖毒なり。窃かに見るに、服玩は鮮靡にして、自然に変化するが如し。職貢の奇珍は、神仙の制する所の若し。華を季俗に馳すと雖も、実に素を淳風に敗る。是れ知る、漆器は叛を延(まね)くの方に非ざるも、桀は之を造りて人叛す。玉杯は豈に亡を招くの術ならんや、紂は之を用いて国亡ぶ。方に験す、侈麗の源は、遏(とど)めざるべからざるを。夫れ法を倹に作るも、猶お其の奢を恐る。法を奢に作らば、何を以て後を制せんや。伏して惟うに陛下、明は未形を照らし、智は無際に周し。奥秘を麟閣に窮め、探賾(たんさく)を儒林に尽くす。千王の治乱の蹤、百代の安危の跡、興亡衰乱の数、得失成敗の機は、固より亦た心府の中に包吞し、目囲の内に循環す。乃ち宸衷久しく察す。一二の言を假らず。惟だ之を知るは難きに非ず、之を行うは易からず。志は業の著るるに驕り、体は時の安きに逸す。伏して願わくは志を抑え心を裁し、終わりを慎み始めを成し、軽過を削りて以て重徳を添え、今の是を択びて以て前の非に替えば、則ち鴻名は日月と窮まり無く、盛業は乾坤と永く泰からん。
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貞観政要・求諫太宗の威容は儼粛(げんしゅく)なり。百僚の進見する者、皆な其の挙措を失う。太宗其の此くの若きを知り、人の事を奏するを見る毎に、必ず顔色を假(か)し、諫諍を聞き、政教の得失を知らんことを冀(こいねが)う。貞観の初め、嘗て公卿に謂いて曰く、「人自ら照らさんと欲せば、必ず明鏡を須(もち)う。主過ちを知らんと欲せば、必ず忠臣に藉(よ)る。主若し自ら賢とし、臣匡正せずんば、危敗せざらんと欲するも、豈に得べけんや。故に君其の国を失えば、臣も亦た独り其の家を全うする能わず。隋の煬帝の暴虐に至りては、臣下は口を鉗(と)ざす。卒(つい)に其の過ちを聞かざらしめ、遂に滅亡に至る。虞世基等も、尋いで亦た誅死せり。前事遠からず。公等、事の人に不利なる有るを看る毎に、必ず須らく極言して規諫すべし」と。
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貞観政要・求諫貞観十五年、太宗魏徴に問いて曰く、「比来(ひらい)、朝臣は都(すべ)て事を論ぜず。何ぞや」と。徴対えて曰く、「陛下は心を虚しくして采納す。誠に宜しく言う者有るべし。然れども古人云く、『未だ信ぜられずして諫むれば、則ち以て己を謗ると為す。信ぜられて諫めざれば、則ち之を尸禄(しろく)と謂う』と。但だ人の才器は、各々同じからざる有り。懦弱(だじゃく)の人は、忠直を懐きて言う能わず。疎遠の人は、信ぜられざるを恐れて言うを得ず。禄を懐(おも)うの人は、身に不便なるを慮りて敢えて言わず。所以に相与に緘黙(かんもく)し、俯仰して日を過ごす」と。太宗曰く、「誠に卿の言の如し。朕は毎に之を思う。人臣の諫めんと欲すれば、輒(すなわ)ち死亡の禍を懼る。夫の鼎鑊(ていかく)に赴き、白刃を冒すと、亦た何ぞ異ならんや。故に忠貞の臣は、誠を竭くさんと欲せざるに非ず。誠を竭くすは、乃ち是れ極めて難し。所以に禹は昌言に拝す。豈に此が為ならざらんや。朕は今、懐抱を開き、諫諍を納る。卿等は怖懼を労し、遂に極言せざる無かれ」と。
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貞観政要・倹約貞観四年、太宗侍臣に謂いて曰く、「宮宇を崇飾し、池台に遊賞するは、帝王の欲する所、百姓の欲せざる所なり。帝王の欲する所の者は放逸、百姓の欲せざる所の者は労弊なり。孔子云う、『一言にして以て終身之を行うべき者有るか。其れ恕か。己の欲せざる所、人に施す勿かれ』と。労弊の事は、誠に百姓に施すべからず。朕は尊きこと帝王と為り、富は四海を有す。事毎に己に由る。誠に能く自ら節せん。若し百姓の欲せずんば、必ず能く其の情に順わん」と。魏徴曰く、「陛下は本と百姓を憐れみ、毎に己を節して以て人に順う。臣聞く、『欲を以て人に従う者は昌え、人を以て己を楽しましむる者は亡ぶ』と。隋の煬帝は志は無厭に在り、惟だ奢侈を好む。所司、供奉営造有る毎に、小しく意に称(かな)わずんば、則ち峻罰厳刑有り。上の好む所は、下必ず甚だしき有り。競いて無限を為し、遂に滅亡に至る。此れ書籍の伝うる所に非ず。亦た陛下の目に親しく見る所なり。其の無道なるが為に、故に天は陛下に命じて之に代わらしむ。陛下若し以て足れりと為さば、今日啻(ただ)に足るのみならず。若し以て足らずと為さば、更に万倍此に過ぐるも、亦た足らず」と。太宗曰く、「公の奏対する所は甚だ善し。公に非ずんば、朕安くんぞ此の言を聞くを得んや」と。
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貞観政要・求諫貞観八年、太宗侍臣に謂いて曰く、「朕は閒居静坐する毎に、則ち自ら内省す。恒に恐る、上は天心に称わず、下は百姓の怨む所と為らんことを。但だ正人の匡諫を思い、耳目をして外に通じ、下に怨滞無からしめんと欲す。又た比(このごろ)人の来たりて事を奏する者を見るに、多く怖懾(ふしょう)有り、言語は次第を失うに致る。尋常の奏事すら、情なお此くの如し。況んや諫諍せんと欲せば、必ず当に逆鱗を犯すを畏るべし。所以に諫むる者有る毎に、縦(たと)い朕の心に合わずとも、朕も亦た以て忤(さか)らうと為さず。若し即ち嗔責(しんせき)せば、深く恐る、人は戦懼を懐き、豈に肯えて更に言わんや」と。
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