貞観政要 / 求諫
貞觀十五年,太宗問魏徵曰:「比來朝臣都不論事,何也?」徵對曰:「陛下虛心采納,誠宜有言者。然古人云:『未信而諫,則以為謗己;信而不諫,則謂之屍祿。』但人之才器,各有不同。懦弱之人,懷忠直而不能言;疏遠之人,恐不信而不得言;懷祿之人,慮不便身而不敢言。所以相與緘默,俯仰過日。」太宗曰:「誠如卿言。朕每思之,人臣欲諫,輒懼死亡之禍,與夫赴鼎鑊、冒白刃,亦何異哉?故忠貞之臣,非不欲竭誠。竭誠者,乃是極難。所以禹拜昌言,豈不為此也!朕今開懷抱,納諫諍。卿等無勞怖懼,遂不極言。」
新字:貞観十五年,太宗問魏徴曰:「比来朝臣都不論事,何也?」徴対曰:「陛下虚心采納,誠宜有言者。然古人云:『未信而諫,則以為謗己;信而不諫,則謂之屍祿。』但人之才器,各有不同。懦弱之人,懐忠直而不能言;疏遠之人,恐不信而不得言;懐祿之人,慮不便身而不敢言。所以相与緘黙,俯仰過日。」太宗曰:「誠如卿言。朕毎思之,人臣欲諫,輒懼死亡之禍,与夫赴鼎鑊、冒白刃,亦何異哉?故忠貞之臣,非不欲竭誠。竭誠者,乃是極難。所以禹拝昌言,豈不為此也!朕今開懐抱,納諫諍。卿等無労怖懼,遂不極言。」
書き下し
貞観十五年、太宗魏徴に問いて曰く、「比来(ひらい)、朝臣は都(すべ)て事を論ぜず。何ぞや」と。徴対えて曰く、「陛下は心を虚しくして采納す。誠に宜しく言う者有るべし。然れども古人云く、『未だ信ぜられずして諫むれば、則ち以て己を謗ると為す。信ぜられて諫めざれば、則ち之を尸禄(しろく)と謂う』と。但だ人の才器は、各々同じからざる有り。懦弱(だじゃく)の人は、忠直を懐きて言う能わず。疎遠の人は、信ぜられざるを恐れて言うを得ず。禄を懐(おも)うの人は、身に不便なるを慮りて敢えて言わず。所以に相与に緘黙(かんもく)し、俯仰して日を過ごす」と。太宗曰く、「誠に卿の言の如し。朕は毎に之を思う。人臣の諫めんと欲すれば、輒(すなわ)ち死亡の禍を懼る。夫の鼎鑊(ていかく)に赴き、白刃を冒すと、亦た何ぞ異ならんや。故に忠貞の臣は、誠を竭くさんと欲せざるに非ず。誠を竭くすは、乃ち是れ極めて難し。所以に禹は昌言に拝す。豈に此が為ならざらんや。朕は今、懐抱を開き、諫諍を納る。卿等は怖懼を労し、遂に極言せざる無かれ」と。
現代語訳
貞観十五年、太宗が魏徴に尋ねた。「近頃、朝臣たちがまったく政事を論じない。なぜだろうか」。魏徴は答えた。「陛下は心を虚しくして受け入れておられます。まことに、意見を言う者がいてよいはずです。しかし古人はこう言いました。『まだ信頼されていないのに諫めれば、自分を謗っていると思われる。信頼されているのに諫めなければ、禄泥棒と呼ばれる』と。ただし人の器量は、それぞれ違います。気の弱い人は、忠実な思いを抱きながら言えません。疎遠な人は、信頼されていないことを恐れて言えません。禄を惜しむ人は、身に不利になることを慮って、あえて言いません。だから互いに黙り込み、うつむいたり見上げたりしながら日を過ごすのです」。太宗は言った。「まことにあなたの言うとおりだ。私はいつもこう思う。臣下が諫めようとすれば、すぐに死の禍を恐れる。それは煮えたぎる釜に飛び込み、白刃を冒すのと、どこが違うだろうか。だから忠貞の臣も、誠を尽くしたくないわけではない。誠を尽くすことが、極めて難しいのだ。だから禹は、良い進言に拝礼した。まさにこのためではないか。私は今、心を開いて諫言を受け入れる。諸君は恐れることなく、思う存分に言ってほしい」。