師導古典を学びたいすべての人に

貞観政要 / 求諫

貞觀八年,太宗謂侍臣曰:「朕每閒居靜坐,則自內省。恒恐上不稱天心,下為百姓所怨。但思正人匡諫,欲令耳目外通,下無怨滯。又比見人來奏事者,多有怖懾,言語致失次第。尋常奏事,情猶如此,況欲諫諍,必當畏犯逆鱗。所以每有諫者,縱不合朕心,朕亦不以為忤。若即嗔責,深恐人懷戰懼,豈肯更言!」

新字:貞観八年,太宗謂侍臣曰:「朕毎閒居静坐,則自內省。恒恐上不稱天心,下為百姓所怨。但思正人匡諫,欲令耳目外通,下無怨滞。又比見人来奏事者,多有怖懾,言語致失次第。尋常奏事,情猶如此,況欲諫諍,必当畏犯逆鱗。所以毎有諫者,縦不合朕心,朕亦不以為忤。若即嗔責,深恐人懐戦懼,豈肯更言!」

書き下し

貞観八年、太宗侍臣に謂いて曰く、「朕は閒居静坐する毎に、則ち自ら内省す。恒に恐る、上は天心に称わず、下は百姓の怨む所と為らんことを。但だ正人の匡諫を思い、耳目をして外に通じ、下に怨滞無からしめんと欲す。又た比(このごろ)人の来たりて事を奏する者を見るに、多く怖懾(ふしょう)有り、言語は次第を失うに致る。尋常の奏事すら、情なお此くの如し。況んや諫諍せんと欲せば、必ず当に逆鱗を犯すを畏るべし。所以に諫むる者有る毎に、縦(たと)い朕の心に合わずとも、朕も亦た以て忤(さか)らうと為さず。若し即ち嗔責(しんせき)せば、深く恐る、人は戦懼を懐き、豈に肯えて更に言わんや」と。

現代語訳

貞観八年、太宗が側近の臣に言った。「私は静かに座って一人でいるたびに、自らを内省する。常に恐れているのは、上は天の心にかなわず、下は民に怨まれることだ。ただ正しい人の諫めを思い、耳目を外に通わせ、下に怨みや滞りがないようにしたいと願っている。ところが近頃、奏上に来る者を見ると、多くが怯えていて、言葉が順序を失うほどだ。普通の奏上ですら、こうなのだ。まして諫言しようとすれば、必ず逆鱗に触れることを恐れるだろう。だから諫める者があれば、たとえ私の考えに合わなくても、逆らったとは思わない。もしその場で叱責すれば、人は恐れを抱き、二度と言わなくなるだろう」。

解説

「普通の奏上ですら怯えている。まして諫言なら、なおさらだ」。この観察が的確な一段です。だから太宗は、たとえ意に沿わない諫言でも、その場で叱責しません。一度叱れば、次から誰も言わなくなる。この因果を、彼はよく分かっていました。反論したくなる気持ちを抑えるのは、簡単ではありません。しかし、一度の叱責が、情報を永久に断ちます。

この一句を、あなたの毎日に。

古典の教えを、今の状況に当てはめて考えてみる——師導があなたの学びと選択を支えます。

師導で古典を学ぶ