貞観政要 / 政体
貞觀五年,太宗謂侍臣曰:「治國與養病無異也。病人覺愈,彌須將護,若有觸犯,必至殞命。治國亦然,天下稍安,尤須兢慎,若便驕逸,必至喪敗。今天下安危,系之於朕。故日慎一日,雖休勿休。然耳目股肱,寄於卿輩,既義均一體,宜協力同心,事有不安,可極言無隱。儻君臣相疑,不能脩盡肝膈,實為國之大害也。」
新字:貞観五年,太宗謂侍臣曰:「治国与養病無異也。病人覚愈,弥須将護,若有触犯,必至殞命。治国亦然,天下稍安,尤須兢慎,若便驕逸,必至喪敗。今天下安危,系之於朕。故日慎一日,雖休勿休。然耳目股肱,寄於卿輩,既義均一体,宜協力同心,事有不安,可極言無隠。儻君臣相疑,不能脩尽肝膈,実為国之大害也。」
書き下し
貞観五年、太宗侍臣に謂いて曰く、「国を治むるは病を養うと異なる無きなり。病人癒ゆるを覚ゆれば、弥(いよい)よ須らく将護すべし。若し触犯する有らば、必ず殞命(いんめい)に至る。国を治むるも亦た然り。天下稍(やや)安ければ、尤も須らく兢慎(きょうしん)すべし。若し便ち驕逸せば、必ず喪敗に至らん。今、天下の安危は、之を朕に系(か)く。故に日に一日を慎み、休すと雖も休する勿かれ。然れども耳目股肱は、卿輩に寄す。既に義は一体に均し。宜しく力を協(あわ)せ心を同じくすべし。事に不安有らば、極言して隠す無かれ。儻(も)し君臣相疑わば、肝膈(かんかく)を脩め尽くす能わず。実に国の大害為(た)り」と。
現代語訳
貞観五年、太宗が側近の臣に言った。「国を治めるのは、病を養うのと変わらない。病人は、治ってきたと感じた時こそ、いっそう養生しなければならない。もし無理をすれば、必ず命を落とす。国を治めるのも同じだ。天下がやや安らかになった時こそ、いっそう慎まねばならない。もしそこで驕り高ぶれば、必ず滅亡する。今、天下の安危は、私にかかっている。だから日に日に慎み、休むべき時でも休まない。しかし耳目や手足は、諸君に託している。義においては一体だ。力を合わせ、心を同じくすべきだ。事に不安があれば、思い切って言い、隠してはならない。もし君臣が互いに疑い合えば、腹を割って話すことができない。それこそ国の大害だ」。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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貞観政要・慎終貞観五年、太宗侍臣に謂いて曰く、「古より帝王も亦た常には化する能わず。仮令(たと)い内安からば、必ず外擾有り。当今、遠夷は率服し、百穀は豊稔なり。盗賊は作(おこ)らず、内外は寧静なり。此れ朕一人の力に非ず。実に公等の共に相い匡輔するに由る。然れども安きに危うきを忘れず、治に乱を忘れず。今日、事無きを知ると雖も、亦た須らく其の終始を思うべし。常に此くの如きを得ば、始めて是れ貴ぶべきなり」と。魏徴対えて曰く、「古より已来、元首と股肱と備具する能わず。或いは時に君は聖と称せらるるも、臣は即ち賢ならず。或いは賢臣に遇うも、即ち聖主無し。今、陛下は明なり。所以に治を致す。向(も)し若し直だ賢臣有るのみにして、君は化を思わずんば、亦た益する所無し。天下は今、太平なりと雖も、臣等は猶お未だ以て喜と為さず。惟だ願わくは陛下、安きに居りて危うきを思い、孜孜として怠らざれ」と。
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貞観政要・君臣鑑戒貞観三年、太宗侍臣に謂いて曰く、「君臣は本と治乱を同じくし、安危を共にす。若し主は忠諫を納れ、臣は直言を進めば、斯れ故に君臣は契を合わす。古来重んずる所なり。若し君自ら賢とし、臣匡正せずんば、危亡せざらんと欲するも、得べからざるなり。君其の国を失えば、臣も亦た独り其の家を全うする能わず。隋の煬帝の暴虐に至るが如きは、臣下は口を鉗ざす。卒に其の過ちを聞かざらしめ、遂に滅亡に至る。虞世基等も尋いで亦た誅死せり。前事遠からず。朕と卿等と、慎まざるを得べけんや。後の嗤う所と為る無かれ」と。
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貞観政要・政体貞観十九年、太宗侍臣に謂いて曰く、「朕、古来の帝王を観るに、驕矜(きょうきょう)にして敗を取る者は、勝(あ)げて数うべからず。遠く古昔を述ぶる能わず。晋の武の呉を平らげ、隋の文の陳を伐ちて已後の如きに至りては、心は逾(いよい)よ驕奢にして、自ら諸己(もろもろ)を矜(ほこ)る。臣下は復た敢えて言わず。政道は茲(これ)に因りて弛紊(しびん)す。朕、突厥を平定し、高麗を破りて已後、兼ねて鉄勒(てつろく)を并(あわ)せ、沙漠を席巻して以て州県と為す。夷狄は遠く服し、声教は益ます広し。朕は驕矜を懐かんことを恐れ、恒に自ら抑折し、日旰(く)れて食し、坐して以て晨(あした)を待つ。毎に臣下に讜言(とうげん)直諫の、以て政教に施すべき者有るを思い、当に目を拭いて師友を以て之を待つべし。此の如くんば、時康く道泰(やす)きに庶幾(ちか)からんのみ」と。
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貞観政要・政体貞観九年、太宗侍臣に謂いて曰く、「往昔、初めて京師を平らぐるに、宮中の美女珍玩、院として満たざる無し。煬帝の意は猶お足らずとし、征求已(や)む無し。兼ねて東西に征討し、兵を窮め武を黷(けが)す。百姓堪えず、遂に亡滅を致す。此れ皆な朕の目に見る所なり。故に夙夜孜孜(しし)として、惟だ清浄を欲し、天下をして事無からしむ。遂に徭役興らず、年穀豊稔(ほうじん)、百姓安楽なるを得たり。夫れ国を治むるは猶お樹を栽(う)うるが如し。本根揺るがざれば、則ち枝葉茂栄す。君能く清浄なれば、百姓何ぞ安楽ならざるを得んや」と。
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貞観政要・君道貞観十五年、太宗侍臣に謂いて曰く、「天下を守るは難きか易きか」と。侍中魏徴対えて曰く、「甚だ難し」と。太宗曰く、「賢能に任じ、諫諍を受くれば、即ち可なり。何ぞ難しと為すと謂うか」と。徴曰く、「古よりの帝王を観るに、憂危の間に在りては、則ち賢に任じ諫を受く。安楽に至るに及びては、必ず寛怠を懐(いだ)き、事を言う者は惟だ兢懼(きょうく)せしむ。日に陵(おか)され月に替(すた)れ、以て危亡に至る。聖人の居安思危する所以は、正に此が為なり。安くして能く懼るるは、豈に難しと為さざらんや」と。
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貞観政要・君道貞観の初め、太宗侍臣に謂いて曰く、「君為(た)るの道は、必ず須(すべか)らく先ず百姓を存すべし。若し百姓を損じて以て其の身に奉ぜば、猶お股を割きて以て腹に啖(くら)わすがごとし。腹飽きて身斃(たお)る。若し天下を安んぜんとせば、必ず須らく先ず其の身を正すべし。未だ身正しくして影曲がり、上治まりて下乱るる者は有らず。朕は毎(つね)に思う、其の身を傷(そこな)う者は外物に在らず、皆な嗜欲に由りて以て其の禍を成す、と。若し滋味に躭嗜(たんし)し、声色に玩悦(がんえつ)せば、欲する所既に多く、損ずる所も亦た大なり。既に政事を妨げ、又た生民を擾(みだ)す。且つ復た一の非理の言を出ださば、万姓之が為に解体し、怨讟(えんとく)既に作(おこ)り、離叛も亦た興らん。朕は毎に此を思い、敢えて縦逸せず」と。諫議大夫魏徴対えて曰く、「古者(いにしえ)聖哲の主は、皆な亦た近く諸(これ)を身に取る。故に能く遠く諸を物に体す。昔、楚は詹何(せんか)を聘し、其の国を理むるの要を問う。詹何は対うるに修身の術を以てす。楚王又た問う、国を理むること何如、と。詹何曰く、『未だ身理まりて国乱るる者を聞かず』と。陛下の明らかにする所、実に古義に同じ」と。
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