貞観政要 / 政体
貞觀四年,太宗問蕭瑀曰:「隋文帝何如主也?」對曰:「克己復禮,勤勞思政,每一坐朝,或至日昃,五品已上,引坐論事,宿衛之士,傳飱而食,雖性非仁明,亦是勵精之主。」太宗曰:「公知其一,未知其二。此人性至察而心不明。夫心暗則照有不通,至察則多疑於物。又欺孤兒寡婦以得天下,恒恐群臣內懷不服,不肯信任百司,每事皆自決斷,雖則勞神苦形,未能盡合於理。朝臣既知其意,亦不敢直言。宰相以下,惟承順而已。朕意則不然,以天下之廣,四海之眾,千端萬緒,須合變通,皆委百司商量,宰相籌畫,於事穩便,方可奏行。豈得以一日萬機,獨斷一人之慮也。且日斷十事,五條不中,中者信善,其如不中者何?以日繼月,乃至累年,乖謬既多,不亡何待?豈如廣任賢良,高居深視,法令嚴肅,誰敢為非?」因令諸司,若詔敕頒下有未穩便者,必須執奏,不得順旨便即施行,務盡臣下之意。
新字:貞観四年,太宗問蕭瑀曰:「隋文帝何如主也?」対曰:「克己復礼,勤労思政,毎一坐朝,或至日昃,五品已上,引坐論事,宿衛之士,伝飱而食,雖性非仁明,亦是励精之主。」太宗曰:「公知其一,未知其二。此人性至察而心不明。夫心暗則照有不通,至察則多疑於物。又欺孤児寡婦以得天下,恒恐群臣内懐不服,不肯信任百司,毎事皆自決断,雖則労神苦形,未能尽合於理。朝臣既知其意,亦不敢直言。宰相以下,惟承順而已。朕意則不然,以天下之広,四海之衆,千端万緒,須合変通,皆委百司商量,宰相籌画,於事穏便,方可奏行。豈得以一日万機,独断一人之慮也。且日断十事,五条不中,中者信善,其如不中者何?以日継月,乃至累年,乖謬既多,不亡何待?豈如広任賢良,高居深視,法令厳粛,誰敢為非?」因令諸司,若詔勅頒下有未穏便者,必須執奏,不得順旨便即施行,務尽臣下之意。
書き下し
貞観四年、太宗蕭瑀に問いて曰く、「隋の文帝は何如なる主なるか」と。対えて曰く、「己に克ちて礼に復し、勤労して政を思う。一たび朝に坐する毎に、或いは日昃(かたむ)くに至る。五品已上を引き坐して事を論ず。宿衛の士は、飱(そん)を伝えて食らう。性は仁明に非ずと雖も、亦た是れ励精の主なり」と。太宗曰く、「公は其の一を知りて、未だ其の二を知らず。此の人は性は至察にして心は明らかならず。夫れ心暗ければ則ち照らすに通ぜざる有り。至察なれば則ち物を疑うこと多し。又た孤児寡婦を欺きて以て天下を得たり。恒に群臣の内に不服を懐かんことを恐る。百司を信任するを肯(がえん)ぜず、事毎に皆な自ら決断す。則ち神を労し形を苦しむと雖も、未だ能く尽くは理に合わず。朝臣既に其の意を知り、亦た敢えて直言せず。宰相以下、惟だ承順するのみ。朕の意は則ち然らず。天下の広き、四海の衆きを以て、千端万緒、須らく変通に合すべし。皆な百司に委ねて商量し、宰相籌画(ちゅうかく)し、事に於いて穏便なれば、方(はじ)めて奏行すべし。豈に一日万機を以て、独り一人の慮を断ずるを得んや。且つ日に十事を断じ、五条は中(あた)らず。中る者は信に善し。其の中らざる者を如何せん。日を以て月に継ぎ、乃ち累年に至らば、乖謬(かいびゅう)既に多く、亡びずして何を待たん。豈に賢良を広く任じ、高く居りて深く視、法令厳粛ならば、誰か敢えて非を為さんに如かんや」と。因りて諸司に令す。若し詔勅頒下して未だ穏便ならざる者有らば、必ず須らく執奏すべし。旨に順いて便ち即ち施行するを得ず。務めて臣下の意を尽くさしむ。
現代語訳
貞観四年、太宗が蕭瑀に尋ねた。「隋の文帝は、どのような君主だったか」。蕭瑀は答えた。「己に克って礼に復し、勤勉に政務を考えました。ひとたび朝廷に座れば、日が傾くまで及ぶこともあった。五品以上を招いて座らせ、政事を論じた。宿直の兵士は、食事を運ばせて食べたほどです。性格は仁明とは言えませんが、精励した君主でした」。太宗は言った。「あなたは一面を知って、もう一面を知らない。あの人は、極めて細かく観察するが、心が明るくなかった。心が暗ければ、照らせないところが出る。細かく見すぎれば、物事を疑うことが多くなる。それに彼は、孤児と寡婦を欺いて天下を取った。だから常に、臣下が内心で服していないことを恐れた。役所を信頼して任せようとせず、すべてを自分で決断した。精神をすり減らし体を苦しめても、すべてが道理に合うわけではない。朝廷の臣は彼の心を察して、あえて直言しなくなった。宰相以下、ただ従うだけになった。私の考えは違う。天下は広く、四海の人は多い。千も万もある事柄は、状況に応じて変えていかねばならない。すべて役所に委ねて検討させ、宰相が計画を練り、事として妥当であれば、初めて奏上して実行すべきだ。どうして一日に万もの政務を、たった一人の判断で決められようか。それに、一日に十件裁決して、五件が的を外れたとする。当たった分はよい。外れた分はどうするのか。日を重ね月を重ね、年を重ねれば、誤りは山ほどになる。滅びずして何を待とうか。それよりも、賢良な者を広く任用し、高いところから深く見て、法令を厳粛にすれば、誰があえて悪事を働こうか」。そこで諸役所に命じた。詔勅が下されて不都合な点があれば、必ず異議を奏上せよ。上意に従ってすぐに施行してはならない。臣下の意見を十分に尽くさせよ、と。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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貞観政要・政体貞観元年、太宗黄門侍郎王珪(おうけい)に謂いて曰く、「中書の出だす所の詔勅、頗(すこぶ)る意見の同じからざる有り。或いは兼ねて錯失ありて相正すや否や。元(もと)中書・門下を置くは、本と相過誤を防がんと擬(はか)るなり。人の意見は、毎(つね)に或いは同じからず。是非とする所有るは、本と公事の為なり。或いは己の短を護(まも)り、其の失を聞くを忌み、是有り非有るも、銜(ふく)みて以て怨みと為す有り。或いは苟(いやしく)も私隙(しげき)を避け、相顔面を惜しみ、政事に非ざるを知りて、遂に即ち施行する有り。一官の小情に違い難くして、頓(にわか)に万人の大弊と為る。此れ実に亡国の政なり。卿輩は特に須らく意を在(お)きて防ぐべきなり。隋の日、内外の庶官、政は依違(いい)を以てし、而して禍乱を致す。人多く深く此の理を思う能わず。当時皆な謂えらく、禍は身に及ばずと。面は従い背は言い、以て患いと為さず。後に大乱一たび起こるに至り、家国倶に喪う。身を脱するの人有りと雖も、縦(たと)い刑戮に遭わずとも、皆な辛苦して僅かに免れ、甚だ時論の貶黜(へんちゅつ)する所と為れり。卿等は特に須らく私を滅し公に徇(したが)い、堅く直道を守り、庶事は相啓沃し、上下雷同する勿かるべし」と。
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貞観政要・政体貞観十九年、太宗侍臣に謂いて曰く、「朕、古来の帝王を観るに、驕矜(きょうきょう)にして敗を取る者は、勝(あ)げて数うべからず。遠く古昔を述ぶる能わず。晋の武の呉を平らげ、隋の文の陳を伐ちて已後の如きに至りては、心は逾(いよい)よ驕奢にして、自ら諸己(もろもろ)を矜(ほこ)る。臣下は復た敢えて言わず。政道は茲(これ)に因りて弛紊(しびん)す。朕、突厥を平定し、高麗を破りて已後、兼ねて鉄勒(てつろく)を并(あわ)せ、沙漠を席巻して以て州県と為す。夷狄は遠く服し、声教は益ます広し。朕は驕矜を懐かんことを恐れ、恒に自ら抑折し、日旰(く)れて食し、坐して以て晨(あした)を待つ。毎に臣下に讜言(とうげん)直諫の、以て政教に施すべき者有るを思い、当に目を拭いて師友を以て之を待つべし。此の如くんば、時康く道泰(やす)きに庶幾(ちか)からんのみ」と。
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貞観政要・行幸貞観十三年、太宗魏徴等に謂いて曰く、「隋の煬帝は文帝の余業を承け、海内は殷阜なり。若し能く常に関中に処らば、豈に傾敗有らんや。遂に百姓を顧みず、行幸に期無く、径ちに江都に往く。董純・崔象等の諫諍を納れず。身は戮せられ国は滅び、天下の笑いと為る。復た帝祚の長短は、玄天に委すと雖も、而れども福善禍淫は、亦た人事に由る。朕は毎に之を思う。若し君臣長久にして、国に危敗無からんことを欲せば、君に違失有らば、臣は須らく極言すべし。朕は卿等の規諫を聞くに、縦い当時に即ち従う能わずとも、再三思審し、必ず善を択びて之を用いん」と。
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貞観政要・政体貞観六年、太宗侍臣に謂いて曰く、「古人云く、『危うくして持せず、顛(たお)れて扶(たす)けずんば、焉くんぞ彼の相を用いん』と。君臣の義、忠を尽くし匡救せざるを得んや。朕嘗て書を読み、桀の関龍逄(かんりょうほう)を殺し、漢の黽錯(ちょうそ)を誅するを見る。未だ嘗て書を廃して嘆息せずんばあらず。公等但だ能く正詞直諫し、政教を裨益(ひえき)せば、終に顔を犯し旨に忤(さか)らうを以て、妄りに誅責有らざらん。朕、比来(ひらい)朝に臨みて断決するに、亦た律令に乖(そむ)く者有り。公等は以て小事と為し、遂に執言せず。凡そ大事は皆な小事より起こる。小事論ぜざれば、大事又た将に救うべからざらんとす。社稷の傾危、此に由らざる莫し。隋主は残暴にして、身は匹夫の手に死す。率土の蒼生、嗟痛(さつう)を聞くこと罕(まれ)なり。公等は朕の為に隋氏滅亡の事を思え。朕は公等の為に龍逄・晁錯の誅を思わん。君臣保全せば、豈に美ならずや」と。
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貞観政要・求諫貞観二年、太宗侍臣に謂いて曰く、「明主は短を思いて益ます善く、暗主は短を護りて永く愚なり。隋の煬帝は好んで自ら矜誇(きょうこ)し、短を護りて諫を拒む。誠に亦た実に犯忤(はんご)し難し。虞世基は敢えて直言せず。或いは恐らくは未だ深き罪と為さず。昔、箕子は狂を佯(いつわ)りて自ら全うす。孔子も亦た其の仁を称す。煬帝の殺さるるに及び、世基は同に死すに合するや否や」と。杜如晦対えて曰く、「天子に諍臣有らば、無道なりと雖も其の天下を失わず。仲尼は称す、『直なるかな史魚。邦に道有れば矢の如く、邦に道無きも矢の如し』と。世基、豈に煬帝の無道にして、諫諍を納れざるを以て、遂に口を杜(と)ざして言う無かるべけんや。位を偸安(とうあん)して重んじ、又た職を辞し退くを請う能わず。則ち箕子の狂を佯りて去るとは、事理同じからず。昔、晋の恵帝の賈后は将に湣懐太子を廃せんとす。司空張華は竟に苦争する能わず、意に阿(おもね)りて苟(いやしく)も免る。趙王倫の兵を挙げて后を廃するに及び、使いを遣わして華を収む。華曰く、『将に太子を廃せんとするの日、是れ言無きに非ず。当に納用せられざりしなり』と。其の使曰く、『公は三公と為る。太子罪無くして廃せらる。言既に従われずんば、何ぞ身を引きて退かざる』と。華は辞として以て答うる無し。遂に之を斬り、其の三族を夷(たい)らぐ。古人に云える有り、『危うくして持せず、顛れて扶けずんば、則ち将た焉くんぞ彼の相を用いん』と。故に『君子は大節に臨みて奪うべからざるなり』。張華は既に抗直にして節を成す能わず。遜言も身を全うするに足らず。王臣の節は固より已に墜ちたり。虞世基は位は宰輔に居り、言うを得るの地に在り。竟に一言の諫諍無し。誠に亦た死に合す」と。太宗曰く、「公の言は是なり。人君は必ず須らく忠良の輔弼を得べし。乃ち身安く国寧きを得ん。煬帝は豈に下に忠臣無く、身は過ちを聞かず、悪積み禍盈ち、滅亡斯に及ぶに非ずや。若し人主の行う所当たらずして、臣下又た匡諫する無く、苟も阿順に在り、事皆な美を称せば、則ち君は暗主と為り、臣は諛臣と為る。君暗く臣諛(へつら)わば、危亡遠からず。朕は今、志は君臣上下、各々至公を尽くし、共に相切磋して、以て治道を成すに在り。公等は各々宜しく忠讜を尽くし、朕の悪を匡救するに務むべし。終に直言の意に忤(さか)らうを以て、輒(すなわ)ち相責怒せず」と。
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貞観政要・求諫太宗の威容は儼粛(げんしゅく)なり。百僚の進見する者、皆な其の挙措を失う。太宗其の此くの若きを知り、人の事を奏するを見る毎に、必ず顔色を假(か)し、諫諍を聞き、政教の得失を知らんことを冀(こいねが)う。貞観の初め、嘗て公卿に謂いて曰く、「人自ら照らさんと欲せば、必ず明鏡を須(もち)う。主過ちを知らんと欲せば、必ず忠臣に藉(よ)る。主若し自ら賢とし、臣匡正せずんば、危敗せざらんと欲するも、豈に得べけんや。故に君其の国を失えば、臣も亦た独り其の家を全うする能わず。隋の煬帝の暴虐に至りては、臣下は口を鉗(と)ざす。卒(つい)に其の過ちを聞かざらしめ、遂に滅亡に至る。虞世基等も、尋いで亦た誅死せり。前事遠からず。公等、事の人に不利なる有るを看る毎に、必ず須らく極言して規諫すべし」と。
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