貞観政要 / 政体
貞觀二年,太宗問黃門侍郎王珪曰:「近代君臣治國,多劣於前古,何也?」對曰:「古之帝王為政,皆志尚清靜,以百姓之心為心。近代則唯損百姓以適其欲,所任用大臣,復非經術之士。漢家宰相,無不精通一經,朝廷若有疑事,皆引經決定,由是人識禮教,理致太平。近代重武輕儒,或參以法律,儒行既虧,淳風大壞。」太宗深然其言。自此百官中有學業優長、兼識政體者,多進其階品。累加遷擢焉。
新字:貞観二年,太宗問黄門侍郎王珪曰:「近代君臣治国,多劣於前古,何也?」対曰:「古之帝王為政,皆志尚清静,以百姓之心為心。近代則唯損百姓以適其欲,所任用大臣,復非経術之士。漢家宰相,無不精通一経,朝廷若有疑事,皆引経決定,由是人識礼教,理致太平。近代重武軽儒,或参以法律,儒行既虧,淳風大壊。」太宗深然其言。自此百官中有学業優長、兼識政体者,多進其階品。累加遷擢焉。
書き下し
貞観二年、太宗黄門侍郎王珪に問いて曰く、「近代の君臣、国を治むるに、多く前古に劣るは、何ぞや」と。対えて曰く、「古の帝王の政を為すや、皆な志は清静を尚び、百姓の心を以て心と為す。近代は則ち唯だ百姓を損じて以て其の欲に適するのみ。任用する所の大臣も、復た経術の士に非ず。漢家の宰相は、一経に精通せざるは無し。朝廷に若し疑事有れば、皆な経を引きて決定す。是に由りて人は礼教を識り、理は太平を致す。近代は武を重んじ儒を軽んず。或いは参ずるに法律を以てす。儒行既に虧(か)け、淳風大いに壊る」と。太宗深く其の言を然りとす。此より百官の中に学業優長にして兼ねて政体を識る者有れば、多く其の階品を進め、累ねて遷擢(せんてき)を加う。
現代語訳
貞観二年、太宗が黄門侍郎の王珪に尋ねた。「近代の君臣が国を治めるのは、多くが昔に劣っている。なぜだろうか」。王珪は答えた。「昔の帝王が政治を行う時は、みな志を静かで清らかなことに置き、民の心を自分の心としました。ところが近代は、ただ民を損なって自分の欲望を満たすだけです。登用される大臣も、経学を修めた士ではありません。漢の宰相は、必ず一つの経書に精通していました。朝廷に疑問が生じれば、みな経書を引いて決定した。それによって人は礼と教えを知り、太平が実現しました。近代は武を重んじ儒を軽んじ、あるいは法律で補おうとします。儒の実践が欠け、素朴な気風が大いに壊れました」。太宗は深くその言葉に同意した。これより、官吏の中に学業に優れ、しかも政治の本体を理解する者がいれば、多くその位を進め、次々と抜擢した。
解説
この章句が説くこと
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貞観政要・崇儒学貞観二年、太宗侍臣に謂いて曰く、「政を為すの要は、惟だ人を得るに在り。用うるに其の才に非ずんば、必ず治を致し難し。今、任用する所は、必ず須らく徳行・学識を以て本と為すべし」と。諫議大夫王珪曰く、「人臣、若し学業無くんば、前言往行を識る能わず。豈に大任に堪えんや。漢の昭帝の時、人有りて詐りて衛太子と称す。聚まり観る者数万人。衆は皆な惑を致す。雋不疑(しゅんふぎ)は蒯聵(かいがい)の事を以て断ず。昭帝曰く、『公卿大臣は、当に経術に古義を明らかにする者を用うべし。此れ則ち固より刀筆の俗吏の比擬すべき所に非ず』と」と。上曰く、「信に卿の言の如し」と。
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貞観政要・政体貞観元年、太宗黄門侍郎王珪(おうけい)に謂いて曰く、「中書の出だす所の詔勅、頗(すこぶ)る意見の同じからざる有り。或いは兼ねて錯失ありて相正すや否や。元(もと)中書・門下を置くは、本と相過誤を防がんと擬(はか)るなり。人の意見は、毎(つね)に或いは同じからず。是非とする所有るは、本と公事の為なり。或いは己の短を護(まも)り、其の失を聞くを忌み、是有り非有るも、銜(ふく)みて以て怨みと為す有り。或いは苟(いやしく)も私隙(しげき)を避け、相顔面を惜しみ、政事に非ざるを知りて、遂に即ち施行する有り。一官の小情に違い難くして、頓(にわか)に万人の大弊と為る。此れ実に亡国の政なり。卿輩は特に須らく意を在(お)きて防ぐべきなり。隋の日、内外の庶官、政は依違(いい)を以てし、而して禍乱を致す。人多く深く此の理を思う能わず。当時皆な謂えらく、禍は身に及ばずと。面は従い背は言い、以て患いと為さず。後に大乱一たび起こるに至り、家国倶に喪う。身を脱するの人有りと雖も、縦(たと)い刑戮に遭わずとも、皆な辛苦して僅かに免れ、甚だ時論の貶黜(へんちゅつ)する所と為れり。卿等は特に須らく私を滅し公に徇(したが)い、堅く直道を守り、庶事は相啓沃し、上下雷同する勿かるべし」と。
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貞観政要・仁義貞観元年、太宗曰く、「朕は古来の帝王を看るに、仁義を以て治を為す者は、国祚延長す。法に任じて人を御する者は、弊を一時に救うと雖も、敗亡も亦た促(すみ)やかなり。既に前王の成事を見る。是れ元亀と為すに足る。今、専ら仁義誠信を以て治を為し、近代の澆薄を革めんことを望むなり」と。黄門侍郎王珪対えて曰く、「天下彫喪して日久し。陛下は其の余弊を承け、道を弘め風を移す。万代の福なり。但だ賢に非ずんば理まらず。惟だ人を得るに在り」と。太宗曰く、「朕の賢を思うの情、豈に夢寐を舎(お)かんや」と。給事中杜正倫進みて曰く、「世に必ず才有り。時に随いて用うる所なり。豈に傅説を夢み、呂尚に逢うを待ちて、然る後に治を為さんや」と。太宗深く其の言を納る。
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貞観政要・政体貞観九年、太宗侍臣に謂いて曰く、「往昔、初めて京師を平らぐるに、宮中の美女珍玩、院として満たざる無し。煬帝の意は猶お足らずとし、征求已(や)む無し。兼ねて東西に征討し、兵を窮め武を黷(けが)す。百姓堪えず、遂に亡滅を致す。此れ皆な朕の目に見る所なり。故に夙夜孜孜(しし)として、惟だ清浄を欲し、天下をして事無からしむ。遂に徭役興らず、年穀豊稔(ほうじん)、百姓安楽なるを得たり。夫れ国を治むるは猶お樹を栽(う)うるが如し。本根揺るがざれば、則ち枝葉茂栄す。君能く清浄なれば、百姓何ぞ安楽ならざるを得んや」と。
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貞観政要・政体太宗即位の始めより、霜旱(そうかん)災を為し、米穀踴貴(ようき)す。突厥侵擾し、州県騒然たり。帝の志は人を憂うるに在り、精を鋭くして政を為し、節倹を崇尚し、大いに恩徳を布(し)く。是の時、京師より河東・河南・隴右に及ぶまで、饑饉尤も甚だし。一匹の絹、纔(わず)かに一斗の米を得るのみ。百姓は東西に食を逐うと雖も、未だ嘗て嗟怨(さえん)せず。自ら安んぜざる莫し。貞観三年に至り、関中豊熟す。咸(みな)自ら郷に帰る。竟に一人の逃散する無し。其の人心を得ること此くの如し。加うるに諫に従うこと流るるが如く、雅(つね)に儒術を好み、孜孜として士を求め、務めて官を択ぶに在り。旧弊を改革し、制度を興復す。一事に因る毎に、類に触れて善を為す。初め、息隠(そくいん)・海陵の党、同謀して太宗を害せんとする者、数百千人なり。事寧(しず)まりて後、引きて左右近侍に居らしむ。心術豁然として、疑阻有らず。時論以為(おも)えらく、能く大事を断決し、帝王の体を得たり、と。深く官吏の貪濁を悪(にく)む。法を枉(ま)げて財を受くる者有らば、必ず赦免する無し。京に在る流外にして贓(ぞう)を犯す者有らば、皆な執奏せしめ、其の犯す所に随い、寘(お)くに重法を以てす。是に由りて官吏は多く自ら清謹なり。王公・妃主の家、大姓豪猾の伍を制馭す。皆な威を畏れて跡を屏(しりぞ)け、敢えて細人を侵欺する無し。商旅は野に次(やど)るも、復た盗賊無し。囹圄(れいご)は常に空しく、馬牛は野に布(し)き、外戸閉ざさず。又た頻りに豊稔を致し、米は斗三四銭。行旅は京師より嶺表に至り、山東より滄海に至るまで、皆な糧を賫(もた)らさず、給を路に取る。山東の村落に入れば、行客の経過する者、必ず厚く供待を加え、或いは発する時に贈遺(ぞうい)有り。此れ皆な古昔にも未だ有らざるなり。
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貞観政要・政体貞観七年、太宗、秘書監魏徴と従容として自古の理政の得失を論ず。因りて曰く、「当今は大乱の後なり。造次に化を致すべからず」と。徴曰く、「然らず。凡そ人は危困に在れば、則ち死亡を憂う。死亡を憂うれば、則ち化を思う。化を思えば、則ち教え易し。然らば則ち乱後は教え易きこと、猶お飢人の食らい易きがごときなり」と。太宗曰く、「善人邦を為(おさ)むること百年、然る後に残に勝ち殺を去る。大乱の後、将に化を致すを求めんとす。寧ろ造次にして望むべけんや」と。徴曰く、「此れ常人に拠る。聖哲に在らず。若し聖哲化を施し、上下心を同じくせば、人の応ずること響の如く、疾(と)くせずして速やかに、期月にして可ならん。信に難しと為さず。三年にして功を成すも、猶お其の晩しと謂わん」と。太宗以て然りと為す。封徳彜(ほうとくい)等対えて曰く、「三代より後、人は漸く澆訛(ぎょうか)なり。故に秦は法律に任じ、漢は霸道を雑(まじ)う。皆な理めんと欲して能わず。豈に能く化して欲せざらんや。若し魏徴の説く所を信ぜば、恐らくは国家を敗乱せん」と。徴曰く、「五帝・三王は、人を易えずして化す。帝道を行えば則ち帝たり、王道を行えば則ち王たり。当時の理むる所に在り、之を化するのみ。之を載籍に考うれば、得て知るべし。昔、黄帝は蚩尤(しゆう)と七十余戦す。其の乱れたること甚だし。既に之に勝ちて後、便ち太平を致す。九黎(きゅうれい)徳を乱す。顓頊(せんぎょく)之を征す。既に克ちて後、其の化を失わず。桀は乱虐を為す。而して湯は之を放つ。湯の代に在りて、即ち太平を致す。紂は無道を為す。武王之を伐つ。成王の代に、亦た太平を致す。若し人漸く澆訛にして、純樸に及ばずと言わば、今に至りて応(まさ)に悉く鬼魅と為るべし。寧ろ復た得て教化すべけんや」と。徳彜等之を難ずる無し。然れども咸(みな)以て不可と為す。太宗毎に力行して倦まず。数年の間、海内康寧、突厥破滅す。因りて群臣に謂いて曰く、「貞観の初め、人皆な異論す。云く、当今必ず帝道・王道を行うべからず、と。惟だ魏徴のみ我に勧む。既に其の言に従い、数載を過ぎずして、遂に華夏の安寧、遠戎の賓服を得たり。突厥は古より以来、常に中国の勍敵(けいてき)為り。今、酋長は並びに刀を帯びて宿衛し、部落は皆な衣冠を襲(つ)ぐ。我をして遂に此に至らしむるは、皆な魏徴の力なり」と。顧みて徴に謂いて曰く、「玉は美質有りと雖も、石間に在り、良工の琢磨に値(あ)わざれば、瓦礫と別(わか)たず。若し良工に遇わば、即ち万代の宝と為る。朕は美質無しと雖も、公の切磋する所と為る。公が朕を約するに仁義を以てし、朕を弘むるに道徳を以てし、朕の功業をして此に至らしむるを労す。公も亦た良工為るに足るのみ」と。
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