貞観政要 / 君道
省頻抗表,誠極忠款,言窮切至。披覽忘倦,每達宵分。非公體國情深,啟沃義重,豈能示以良圖,匡其不及。朕聞晉武帝自平吳已後,務在驕奢,不復留心治政。何曾退朝謂其子劭曰:「吾每見主上不論經國遠圖,但說平生常語,此非貽厥子孫者,爾身猶可以免。」指諸孫曰:「此等必遇亂死。」及孫綏,果為淫刑所戮。前史美之,以為明於先見。朕意不然,謂曾之不忠其罪大矣。夫為人臣,當進思盡忠,退思補過,將順其美,匡救其惡,所以共為理也。曾位極臺司,名器崇重,當直辭正諫,論道佐時。今乃退有後言,進無廷諍,以為明智,不亦謬乎!危而不持,焉用彼相?公之所陳,朕聞過矣。當置之幾案,事等弦、韋。必望收彼桑榆,期之歲暮,不使康哉良哉,獨美於往日,若魚若水,遂爽於當今。遲復嘉謀,犯而無隱。朕將虛襟靜志,敬佇德音。
新字:省頻抗表,誠極忠款,言窮切至。披覧忘倦,毎達宵分。非公体国情深,啓沃義重,豈能示以良図,匡其不及。朕聞晋武帝自平呉已後,務在驕奢,不復留心治政。何曽退朝謂其子劭曰:「吾毎見主上不論経国遠図,但説平生常語,此非貽厥子孫者,爾身猶可以免。」指諸孫曰:「此等必遇乱死。」及孫綏,果為淫刑所戮。前史美之,以為明於先見。朕意不然,謂曽之不忠其罪大矣。夫為人臣,当進思尽忠,退思補過,将順其美,匡救其悪,所以共為理也。曽位極台司,名器崇重,当直辞正諫,論道佐時。今乃退有後言,進無廷諍,以為明智,不亦謬乎!危而不持,焉用彼相?公之所陳,朕聞過矣。当置之幾案,事等弦、韋。必望収彼桑榆,期之歳暮,不使康哉良哉,独美於往日,若魚若水,遂爽於当今。遅復嘉謀,犯而無隠。朕将虚襟静志,敬佇徳音。
書き下し
頻りに抗表を省(み)るに、誠に忠款を極め、言は切至を窮む。披覧して倦むを忘れ、毎に宵分に達す。公の国を体すること情深く、啓沃(けいよく)の義重きに非ずんば、豈に能く示すに良図を以てし、其の及ばざるを匡(ただ)さんや。朕聞く、晋の武帝は呉を平らげて自り已後、務め驕奢に在り、復た治政に心を留めず、と。何曾(かそう)朝を退きて其の子劭(しょう)に謂いて曰く、「吾毎に主上を見るに、経国の遠図を論ぜず、但だ平生の常語を説くのみ。此れ厥(そ)の子孫に貽(のこ)す者に非ず。爾(なんじ)の身は猶お以て免るべし」と。諸孫を指して曰く、「此等は必ず乱に遇いて死せん」と。孫の綏(すい)に及びて、果たして淫刑の戮する所と為る。前史之を美として、以て先見に明らかなりと為す。朕が意は然らず。曾の忠ならざるは、其の罪大なりと謂う。夫れ人臣たる者は、当に進みては忠を尽くすを思い、退きては過ちを補うを思い、其の美に将順し、其の悪を匡救すべし。共に理を為す所以なり。曾は位は台司に極まり、名器崇重なり。当に直辞正諫し、道を論じ時を佐(たす)くべし。今、乃ち退きて後言有り、進みて廷諍無し。以て明智と為すは、亦た謬らずや。危うくして持せずんば、焉(いず)くんぞ彼の相を用いん。公の陳ぶる所、朕は過ちを聞けり。当に之を几案に置き、事は弦・韋に等しくすべし。必ず彼の桑楡(そうゆ)を収め、之を歳暮に期せんことを望む。康なる哉、良なる哉をして、独り往日に美ならしめず、魚の若く水の若きをして、遂に当今に爽(たが)わしめず。復た嘉謀を遅(ま)つ。犯して隠す無かれ。朕は将に襟を虚しくし志を静かにして、敬みて徳音を佇(ま)たん。
現代語訳
しきりに上奏文を読むに、まことに忠誠を極め、言葉は痛切を尽くしている。読みふけって倦むことを忘れ、いつも夜半にまで及ぶ。あなたが国を思う心が深く、進言の意義を重んじる人でなければ、どうして良い方策を示し、私の至らぬところを正せようか。私はこう聞いている。晋の武帝は呉を平定して以来、驕りと奢りに務め、二度と政治に心を留めなかった、と。何曾は朝廷を退いてから、息子の劭に言った。「私はいつも陛下にお会いするが、国を経営する遠大な計画を論じず、ただ日常の世間話をされるだけだ。これは子孫に遺せるものではない。お前の代までは、なんとか免れるだろう」。そして孫たちを指して「この者たちは必ず乱に遭って死ぬだろう」と言った。孫の綏の代になって、果たして残虐な刑で殺された。以前の史書はこれを讃え、先見の明があったとしている。私はそうは思わない。何曾が忠でなかったこと、その罪は大きい。臣下たる者は、進んでは忠を尽くすことを思い、退いては過ちを補うことを思い、君主の善に従って助け、その悪を正し救うべきだ。それが共に治を成すということだ。何曾は位は最高位に極まり、名も器も重かった。まっすぐな言葉で正しく諫め、道を論じて時世を助けるべきであった。それなのに、退いてから陰口を言い、朝廷では諫めなかった。これを賢明だとするのは、間違いではないか。危ういのに支えないなら、宰相など何の役に立つのか。あなたが述べたことで、私は自分の過ちを聞いた。これを机上に置き、弓の弦や柔らかな皮のように自らを戒めよう。必ず晩年を実り豊かなものとし、それを人生の暮れまで続けたい。『よきかな』と讃えられる治世を、昔の話だけにはさせない。魚と水のような君臣の関係を、今の世で違えさせはしない。またよい進言を待っている。憚らずに、隠さずに言ってほしい。私は心を虚しくし、志を静かにして、謹んであなたの徳ある言葉を待とう。
解説
この章句が説くこと
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説苑・說叢命を知る者は天を怨みず、己を知る者は人を怨みず。人にして愛せざれば則ち仁なる能わず、佞にして巧ならざれば則ち信なる能わず。善を言うに身に及ぶ毋かれ、惡を言うに人に及ぶ毋かれ。上清くして欲無ければ、則ち下正しくして民樸なり。來事は追うべきなり、往事は及ぶべからず。思慮の心無ければ則ち達せず、談說の辭無ければ則ち樂しからず。
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『春秋左氏伝』昭公二年 叔向、陳無宇を弁ず七月、壬寅、縊(くび)る。諸を周氏の衢に尸(さら)し、木を焉に加ふ。晉の少姜卒す。公晉に如き、河に及ぶ。晉侯士文伯をして來りて辭せしめて曰く、「伉儷に非ざるなり。請ふ君辱くすること無かれ」と。公還る。季孫宿遂に服を致す。叔向陳無宇を晉侯に言ひて曰く、「彼何の罪かある。君は公族をして之を逆へしめ、齊は上大夫をして之を送らしむ。猶ほ共(うやうや)しからずと曰ふ。君の求むるは貪を以ってし、國則ち共しからざるに、其の使を執ふ。君の刑已に頗(かたよ)れり。何を以ってか盟主と為らん。且つ少姜辭有り」と。冬、十月、陳無宇歸る。十一月、鄭の印段晉に如きて弔す。
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『呻吟語』外篇・治道・公正の二字公正の二字は是れ世界を撐持し底る。這の二字沒し了はれば、便ち天を塌さん。
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『臣軌』卷上 公正章人を理むるの道は万端なるも、之を行う所以は一に在り。一とは何ぞや。公のみ。唯だ公心のみ以て国を奉ず可く、唯だ公心のみ以て家を理む可し。公道行わるれば、則ち神明労せずして邪自ずから息み、私道行わるれば、則ち刑罰繁くして邪禁ぜられず。故に公の道為るや、言甚だ少なくして用甚だ博し。夫れ心なる者は、神明の主、万理の統なり。動きて正を失わざれば、天地も感ず可し、而るを況んや人に於いてをや。故に古の君子は、先ず其の心を正す。
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『春秋左氏伝』宣公十六年 民の多幸は国の不幸十六年春、晉の士會師を帥ゐて赤狄の甲氏及び留吁・鐸辰を滅ぼす。三月、狄の俘を獻ず。晉侯王に請ひ、戊申、黻冕を以て士會に命じて中軍に將とし、且つ大傅と為す。是に於て晉國の盜、逃れて秦に奔る。羊舌職曰く、「吾之を聞く、禹善人を稱げて、不善人遠ざかると。此の謂なり。夫れ詩に曰く、『戰戰兢兢として、深淵に臨むが如く、薄冰を履むが如し』と。善人上に在るなり。善人上に在れば、則ち國に幸民無し。諺に曰く、『民の幸多きは、國の不幸なり』と。是れ善人無きの謂なり」と。夏、成周の宣榭火あり、人之に火するなり。凡そ火は、人火を火と曰ひ、天火を災と曰ふ。秋、郯の伯姬來り歸る、出されたるなり。毛・召の難の故の為に、王室復た亂る。王孫蘇晉に奔る、晉人之を復す。冬、晉侯士會をして王室を平がしむ。定王之を享し、原襄公禮を相く。殽烝す。武子私かに其の故を問ふ。王之を聞き、武子を召して曰く、「季氏、而聞かざるか。王の享には體薦有り、宴には折俎有り。公は享に當り、卿は宴に當る、王室の禮なり」と。武子歸りて典禮を講求し、以て晉國の法を脩む。
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史記 蒙恬列伝趙高は、諸趙の疏遠の属なり。趙高の昆弟数人、皆隠宮に生まれ、其の母刑僇せられ、世世卑賤なり。秦王、高の彊力にして獄法に通ずるを聞き、挙げて以て中車府令と為す。高既に私かに公子胡亥に事へ、之に決獄を喩す。高大罪有り。秦王蒙毅をして法もて之を治めしむ。毅敢て法を阿らず、高の罪死に当つとし、其の宦籍を除く。帝、高の事に敦きを以て、之を赦し、其の官爵を復す。始皇天下に游ばんと欲し、九原に道して、直ちに甘泉に抵らんとし、乃ち蒙恬をして道を通ぜしむ。九原より甘泉に抵るまで、山を塹り谷を堙むること、千八百里。道未だ就らず。始皇の三十七年冬、行きて出でて会稽に游び、海上に并ひて、北のかた瑯邪に走る。道にて病み、蒙毅をして還りて山川に禱らしむ。未だ反らず。始皇沙丘に至りて崩ず。之を秘し、群臣知る莫し。是の時丞相李斯・公子胡亥・中車府令趙高常に従ふ。高雅より胡亥に幸せられ、之を立てんと欲す。又蒙毅の法もて之を治めて己の為にせざるを怨む。因りて賊心有り、乃ち丞相李斯・公子胡亥と陰謀し、胡亥を立てて太子と為す。太子已に立ち、使者を遣はして罪を以て公子扶蘇・蒙恬に死を賜ふ。扶蘇已に死す。蒙恬疑ひて復た之を請ふ。使者蒙恬を以て吏に属し、更めて置く。胡亥、李斯の舎人を以て護軍と為す。使者還りて報ず。胡亥已に扶蘇の死を聞き、即ち蒙恬を釈さんと欲す。趙高、蒙氏の復た貴くして事を用ひんことを恐れ、之を怨む。毅還りて至る。趙高因りて胡亥の為に忠計すると為し、以て蒙氏を滅ぼさんと欲し、乃ち言ひて曰く、「臣聞く、先帝賢を挙げて太子を立てんと欲すること久し。而るに毅諫めて曰く『不可なり』と。若し賢を知りて俞ほ立てずんば、則ち是れ不忠にして主を惑はすなり。臣の愚意を以てすれば、之を誅するに若かず」と。胡亥聴きて蒙毅を代に系ぐ。前に已に蒙恬を陽周に囚ふ。喪咸陽に至り、已に葬り、太子立ちて二世皇帝と為る。而して趙高親近し、日夜蒙氏を毀悪し、其の罪過を求め、之を挙劾す。
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