貞観政要 / 君道
凡百元首,承天景命,莫不殷憂而道著,功成而德衰。有善始者實繁,能克終者蓋寡,豈取之易而守之難乎?昔取之而有餘,今守之而不足,何也?夫在殷憂,必竭誠以待下;既得志,則縱情以傲物。竭誠則胡越為一體,傲物則骨肉為行路。雖董之以嚴刑,震之以威怒,終茍免而不懷仁,貌恭而不心服。怨不在大,可畏惟人,載舟覆舟,所宜深慎,奔車朽索,其可忽乎!
新字:凡百元首,承天景命,莫不殷憂而道著,功成而徳衰。有善始者実繁,能克終者蓋寡,豈取之易而守之難乎?昔取之而有余,今守之而不足,何也?夫在殷憂,必竭誠以待下;既得志,則縦情以傲物。竭誠則胡越為一体,傲物則骨肉為行路。雖董之以厳刑,震之以威怒,終苟免而不懐仁,貌恭而不心服。怨不在大,可畏惟人,載舟覆舟,所宜深慎,奔車朽索,其可忽乎!
書き下し
凡そ百の元首は、天の景命を承(う)け、殷憂(いんゆう)して道著(あら)われ、功成りて徳衰えざるは莫し。善く始むる者は実に繁(おお)く、能く克く終わる者は蓋(けだ)し寡(すく)なし。豈に之を取るは易くして之を守るは難きか。昔は之を取りて余り有り、今は之を守りて足らざるは、何ぞや。夫れ殷憂に在りては、必ず誠を竭(つく)して以て下を待つ。既に志を得れば、則ち情を縦(ほしいまま)にして以て物に傲る。誠を竭くせば則ち胡越(こえつ)も一体と為り、物に傲れば則ち骨肉も行路と為る。之を董(ただ)すに厳刑を以てし、之を震わすに威怒を以てすと雖も、終に苟(いやしく)も免れて仁を懐(おも)わず、貌は恭にして心は服せず。怨みは大なるに在らず、畏るべきは惟れ人なり。舟を載せ舟を覆す。宜しく深く慎むべき所なり。奔車の朽索(きゅうさく)、其れ忽(ゆるが)せにすべけんや。
現代語訳
およそ百人の君主たちは、天の大いなる命を受け、深く憂えている時には道が現れ、功が成れば徳が衰えないということがない。よく始める者は実に多いが、最後まで全うできる者は、まことに少ない。取るのは易しく、守るのは難しいということでしょうか。昔は取るのに余裕があり、今は守るのに足りないのは、なぜでしょうか。深く憂えている時には、必ず誠を尽くして下の者に接します。ところが志を得てしまえば、感情のままに振る舞い、人を見下すようになる。誠を尽くせば、胡と越のように遠く離れた者も一体になる。人を見下せば、骨肉の親でさえ道行く他人になる。厳しい刑で正し、怒りの威で震え上がらせても、結局は一時の難を逃れるだけで、仁を慕う心はない。表情は恭しくても、心は服従していない。怨みは大きさによりません。恐るべきは、民です。舟を載せるのも、舟をひっくり返すのも、水です。深く慎むべきことです。暴走する車を、朽ちた縄で御するようなもの。軽んじてよいでしょうか。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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貞観政要・政体貞観六年、太宗侍臣に謂いて曰く、「古の帝王を看るに、興有り衰有り。猶お朝の暮有るがごとし。皆な其の耳目を蔽われ、時政の得失を知らざるが為なり。忠正なる者は言わず、邪諂(じゃてん)なる者は日に進む。既に過ちを見ず。所以に滅亡に至る。朕は既に九重に在り、尽くは天下の事を見る能わず。故に之を卿等に布(し)き、以て朕の耳目と為す。天下に事無く、四海安寧なるを以て、便ち意を存せざる莫かれ。愛すべきは君に非ずや、畏るべきは民に非ずや。天子なる者は、道有れば則ち人推して主と為し、道無ければ則ち人棄てて用いず。誠に畏るべきなり」と。魏徴対えて曰く、「古より国を失うの主は、皆な安きに居りて危うきを忘れ、理に処りて乱を忘るるが為なり。所以に長久なる能わず。今、陛下は四海を富有し、内外清晏なり。能く治道に心を留め、常に深きに臨み薄きを履むがごとくす。国家の暦数、自然に霊長ならん。臣又た聞く、古語に云く、『君は、舟なり。人は、水なり。水は能く舟を載せ、亦た能く舟を覆す』と。陛下、以て畏るべしと為す。誠に聖旨の如し」と。
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貞観政要・災祥臣聞く、撥乱の業を開くは、其の功既に難し。已成の基を守るは、其の道易からず。故に安きに居りて危うきを思うは、其の業を定むる所以なり。始め有り卒(お)わり有るは、其の基を崇くする所以なり。今、億兆は乂安、方隅は寧謐(ねいひつ)なりと雖も、既に喪乱の後を承け、又た雕弊の余に接す。戸口の減損は尚お多く、田疇の墾辟は猶お少なし。覆燾(ふとう)の恩は著れたり。而れども瘡痍は未だ復せず。徳教の風は被れり。而れども資産は屢々空し。是を以て古人は之を種樹に譬う。年祀綿遠ならば、則ち枝葉扶疏たり。若し之を種うる日浅く、根本未だ固からずんば、黒墳を以て之を壅(つちか)い、春日を以て之を暖むと雖も、一人之を揺らさば、必ず枯槁を致さん。今の百姓は、頗る此に類す。常に含養を加えば、則ち日に滋息に就く。暫く徴役有らば、則ち日に随いて雕耗す。雕耗既に甚だしければ、則ち人は生を聊(やす)んぜず。人は生を聊んぜずんば、則ち怨気充塞す。怨気充塞せば、則ち離叛の心生ぜん。故に帝舜曰く、「愛すべきは君に非ずや。畏るべきは民に非ずや」と。孔安国曰く、「人は君を以て命と為す。故に愛すべし。君、道を失えば、人は之に叛く。故に畏るべし」と。仲尼曰く、「君は猶お舟のごときなり。人は猶お水のごときなり。水は舟を載する所以にして、亦た舟を覆す所以なり」と。是を以て古の哲王は、休(よ)しと雖も休しとせず、日に一日を慎む者は、良に此が為なり。
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貞観政要・君臣鑑戒窃かに在朝の群臣を観るに、枢機の寄を主(つかさど)る者に当たりては、或いは地は秦・晋に鄰し、或いは業は経綸に与る。並びに事を立て功を立て、皆な一時の選なり。之を衡軸に処らしむ。任は重しと為すなり。之に任ずること重しと雖も、之を信ずること未だ篤からずんば、則ち人或いは自ら疑う。人或いは自ら疑わば、則ち心に苟且を懐く。心に苟且を懐かば、則ち節義立たず。節義立たずんば、則ち名教興らず。名教興らずして、与に太平の基を固め、七百の祚を保つべきは、未だ之れ有らざるなり。又た聞く、国家は功臣を重惜し、旧悪を念わず。之を前聖に方(くら)ぶるに、一も間つ所無し、と。然れども但だ大事に寛にして、小罪に急なり。時に臨みて責怒し、未だ愛憎の心を免れず。以て政を為すべからず。君は其の禁を厳にするも、臣或いは之を犯す。況んや上は其の源を啓かば、下は必ず甚だしき有り。川壅がりて潰えなば、其の傷は必ず多し。凡百の黎元をして、何ぞ其の手足を措く所あらしめんや。此れ則ち君は一源を開き、下は百端の変を生ず。乱れざる者無きなり。『礼記』に曰く、「愛して其の悪を知り、憎みて其の善を知る」と。若し憎みて其の善を知らずんば、則ち善を為す者必ず懼る。愛して其の悪を知らずんば、則ち悪を為す者実に繁し。『詩』に曰く、「君子如(も)し怒らば、乱は庶(ちか)く遄(すみ)やかに沮(とど)まらん」と。然らば則ち古人の震怒は、将に以て悪を懲らさんとす。当今の威罰は、奸を長ずる所以なり。此れ唐・虞の心に非ざるなり。禹・湯の事に非ざるなり。『書』に曰く、「我を撫すれば則ち後、我を虐ぐれば則ち讎」と。荀卿子曰く、「君は舟なり。民は水なり。水は舟を載する所以にして、亦た舟を覆す所以なり」と。故に孔子曰く、「魚は水を失えば則ち死す。水は魚を失うも猶お水為り」と。故に唐・虞は戦戦栗栗として、日に一日を慎む。安くんぞ深く之を思わざるべけんや。安くんぞ熟(つらつ)ら之を慮らざるべけんや。
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貞観政要・君道臣観るに、古より図を受け運に膺(あた)り、体を継ぎ文を守り、英雄を控禦(こうぎょ)し、南面して下に臨む。皆な厚徳を天地に配し、高明を日月に斉(ひと)しくし、本支百世、祚を伝うること窮まり無からんことを欲す。然り而して克く終わる者は鮮(すく)なく、敗亡相継ぐ。其の故は何ぞや。之を求むる所以は、其の道を失えばなり。殷鑑遠からず、得て言うべし。
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貞観政要・慎終臣は自古の帝王の図を受け鼎を定むるを観るに、皆な之を万代に伝え、厥(そ)の孫謀を貽(のこ)さんと欲す。故に其の巌廊に垂拱し、政を天下に布く。其の道を語るや、必ず淳朴を先にして浮華を抑う。其の人を論ずるや、必ず忠良を貴びて邪佞を鄙(いや)しむ。制度を言うや、則ち奢靡を絶ちて倹約を崇ぶ。物産を談ずるや、則ち穀帛を重んじて珍奇を賤しむ。然れども命を受くるの初めは、皆な之に遵いて以て治を成す。稍(やや)安んずるの後は、多く之に反して俗を敗る。其の故は何ぞや。豈に万乗の尊に居り、四海の富を有し、言を出して己に逆らう莫く、為す所は人必ず従うを以て、公道は私情に溺れ、礼節は嗜欲に虧くるが故ならずや。語に曰く、「之を知るは難きに非ず。之を行うは難しと為す。之を行うは難きに非ず。之を終うるは斯れ難し」と。言う所は信なり。
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貞観政要・奢縦臣は歴(あまね)く前代を睹(み)るに、夏・殷・周及び漢氏の天下を有するより、祚を伝えて相い継ぐこと、多き者は八百余年、少なき者も猶お四五百年なり。皆な徳を積み業を累ね、恩は人心に結ぶと為す。豈に僻王無からんや。前哲に頼りて以て免るるのみ。魏・晋より以還、降りて周・隋に及ぶまでは、多き者も五六十年に過ぎず、少なき者は才(わず)かに二三十年にして亡ぶ。良に創業の君の恩化を広むるに務めず、当時は僅かに能く自ら守るも、後に遺徳の思うべき無きに由る。故に伝嗣の主は政教少しく衰え、一夫大呼して天下土崩す。今、陛下は大功を以て天下を定むと雖も、而れども積徳は日浅し。固より当に禹・湯・文・武の道を崇び、広く徳化を施し、恩をして余地有らしめ、子孫の為に万代の基を立つべし。豈に但だ政教をして失無からしめ、以て当年を持するのみを欲せんや。且つ古より明王聖主は、人に因りて教えを設け、寛猛は時に随うと雖も、而れども大要は身に節倹し、恩を人に加うるの二者を以て是れ務む。故に其の下は之を愛すること父母の如く、之を仰ぐこと日月の如く、之を敬すること神明の如く、之を畏るること雷霆の如し。此れ其の祚を卜すること遐長にして禍乱作らざる所以なり。
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