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貞観政要 / 君道

聖哲乘機,拯其危溺,八柱傾而復正,四維弛而更張。遠肅邇安,不逾於期月;勝殘去殺,無待於百年。今宮觀臺榭,盡居之矣;奇珍異物,盡收之矣;姬姜淑媛,盡侍於側矣。四海九州,盡為臣妾矣。若能鑒彼之所以失,念我之所以得,日慎一日,雖休勿休,焚鹿臺之寶衣,毀阿房之廣殿,懼危亡於峻宇,思安處於卑宮,則神化潛通,無為而治,德之上也。若成功不毀,即仍其舊,除其不急,損之又損。雜茅茨於桂棟,參玉砌以土堦,悅以使人,不竭其力,常念居之者逸,作之者勞,億兆悅以子來,群生仰而遂性,德之次也。若惟聖罔念,不慎厥終,忘締構之艱難,謂天命之可恃,忽采椽之恭儉,追雕墻之靡麗,因其基以廣之,增其舊而飾之,觸類而長,不知止足,人不見德,而勞役是聞,斯為下矣。譬之負薪救火,揚湯止沸,以暴易亂,與亂同道,莫可測也,後嗣何觀!夫事無可觀則人怨,人怨則神怒,神怒則災害必生,災害既生,則禍亂必作,禍亂既作,而能以身名全者鮮矣。順天革命之後,將隆七百之祚,貽厥子孫,傳之萬葉,難得易失,可不念哉!

新字:聖哲乗機,拯其危溺,八柱傾而復正,四維弛而更張。遠粛邇安,不逾於期月;勝残去殺,無待於百年。今宮観台榭,尽居之矣;奇珍異物,尽収之矣;姬姜淑媛,尽侍於側矣。四海九州,尽為臣妾矣。若能鑒彼之所以失,念我之所以得,日慎一日,雖休勿休,焚鹿台之宝衣,毀阿房之広殿,懼危亡於峻宇,思安処於卑宮,則神化潜通,無為而治,徳之上也。若成功不毀,即仍其旧,除其不急,損之又損。雑茅茨於桂棟,参玉砌以土堦,悅以使人,不竭其力,常念居之者逸,作之者労,億兆悅以子来,群生仰而遂性,徳之次也。若惟聖罔念,不慎厥終,忘締構之艱難,謂天命之可恃,忽采椽之恭倹,追雕墻之靡麗,因其基以広之,增其旧而飾之,触類而長,不知止足,人不見徳,而労役是聞,斯為下矣。譬之負薪救火,揚湯止沸,以暴易乱,与乱同道,莫可測也,後嗣何観!夫事無可観則人怨,人怨則神怒,神怒則災害必生,災害既生,則禍乱必作,禍乱既作,而能以身名全者鮮矣。順天革命之後,将隆七百之祚,貽厥子孫,伝之万葉,難得易失,可不念哉!

書き下し

聖哲は機に乗じ、其の危溺を拯(すく)う。八柱傾きて復た正しく、四維弛(ゆる)みて更に張る。遠きは粛(つつし)み邇(ちか)きは安んず、期月を逾(こ)えず。残に勝ち殺を去るは、百年を待つ無し。今、宮観台榭は、尽く之に居れり。奇珍異物は、尽く之を収めたり。姫姜淑媛(ききょうしゅくえん)は、尽く側に侍せり。四海九州は、尽く臣妾と為れり。若し能く彼の失う所以を鑒(かんが)み、我の得る所以を念(おも)い、日に一日を慎み、休すと雖も休する勿かれ。鹿台の宝衣を焚き、阿房の広殿を毀(こぼ)ち、危亡を峻宇に懼れ、安処を卑宮に思わば、則ち神化潜かに通じ、無為にして治まらん。徳の上なり。若し成功を毀たず、即ち其の旧に仍(よ)り、其の不急を除き、之を損して又た損じ、茅茨(ぼうし)を桂棟に雑(まじ)え、玉砌(ぎょくせつ)に土階を参(まじ)え、悦ばしめて以て人を使い、其の力を竭(つ)くさず。常に之に居る者は逸し、之を作る者は労するを念わば、億兆は悦びて子のごとく来たり、群生は仰ぎて性を遂げん。徳の次なり。若し惟れ聖にして念う罔(な)く、厥(そ)の終わりを慎まず、締構の艱難を忘れ、天命の恃むべしと謂い、采椽(さいてん)の恭倹を忽(ゆるが)せにし、雕牆(ちょうしょう)の靡麗を追い、其の基に因りて以て之を広め、其の旧に増して之を飾り、類に触れて長ぜば、止足を知らず。人は徳を見ずして、労役是れ聞かん。斯(これ)を下と為す。之を譬うれば薪を負いて火を救い、湯を揚げて沸くを止むるがごとし。暴を以て乱に易(か)うるは、乱と道を同じくす。測るべき莫し。後嗣何をか観ん。夫れ事に観るべき無ければ則ち人怨む。人怨めば則ち神怒る。神怒れば則ち災害必ず生ず。災害既に生ずれば、則ち禍乱必ず作(おこ)る。禍乱既に作りて、能く身と名とを以て全うする者は鮮し。順天革命の後、将に七百の祚を隆んにし、厥の子孫に貽(のこ)し、之を万葉に伝えんとす。得難く失い易し。念わざるべけんや。

現代語訳

聖なる方は機に乗じて、その危機を救われました。傾いた八本の柱を立て直し、緩んだ四本の綱を張り直された。遠くは慎み、近くは安んじるのに、ひと月もかかりませんでした。残虐を制し殺戮をなくすのに、百年を待つ必要もなかった。今、宮殿も高殿も、すべてお手元にあります。珍しい宝物も、すべて集められました。美しい女性たちも、すべておそばに侍っています。四海九州も、すべて臣下となりました。もし彼(煬帝)が失った理由を鑑み、我らが得た理由を思い、日に日に慎み、休むべき時でも休まず、鹿台の宝の衣を焼き、阿房宮の大殿を壊し、高い建物に危亡を恐れ、低い宮に安らぎを思われるなら、神妙な感化がひそかに通じ、何もしないでも天下は治まるでしょう。これが徳の最上です。もし成功したものを壊さず、旧来のものはそのままとし、急がぬものを除き、削って、さらに削り、茅葺きを桂の棟木に混ぜ、玉の階段に土の段を混ぜ、人を喜ばせて使い、その力を使い果たさず、常に『住む者は楽をし、作る者は苦労する』と思われるなら、万民は喜んで子のように集まり、生きとし生けるものは仰いで本性を全うするでしょう。これが徳の次です。もし聖なる身でありながら思慮を欠き、終わりを慎まず、建国の苦労を忘れ、天命は頼れるものだと思い、質素な垂木の慎ましさを軽んじ、彫刻を施した壁の華麗さを追い、その基礎の上にさらに広げ、旧来のものに加えて飾り立て、次々と広げていけば、満足を知ることがありません。民は徳を見ず、労役ばかりを聞くことになる。これが最下です。たとえるなら、薪を背負って火を消しに行き、熱湯を汲み上げて沸騰を止めようとするようなものです。暴虐で乱に代えるのは、乱と同じ道を歩むこと。行き先は計り知れません。後継者は何を見て学ぶのでしょうか。行いに見るべきものがなければ人は怨みます。人が怨めば神が怒る。神が怒れば災害が必ず生じる。災害が生じれば、禍乱が必ず起こる。禍乱が起これば、身も名も全うできる者はほとんどいません。天に順って革命を成し遂げた後、七百年の国運を盛んにし、子孫に遺し、万代に伝えようとされている。得るのは難しく、失うのは易しい。よく思われるべきではありませんか。

解説

上の徳、次の徳、下の徳という三段階を示した一段です。最上は、既に建った宮殿すら壊して質素に戻ること。次は、これ以上増やさず、削っていくこと。最下は、基礎の上にさらに広げ、飾り続けること。今の太宗は、すべてを手に入れました。だからこそ危ない。「薪を背負って火を消しに行く」。贅沢を増やしながら国を安んじようとするのは、火に薪をくべながら消そうとするようなものです。

この一句を、あなたの毎日に。

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