法句経 / 第二十五 比丘の部 三七九・三八〇
三七九 自ら誡しめ、己を檢し、熟慮し、己を護る比丘は安樂に住せん。 三八〇 己を以て主とし、己を以て歸とす、故に己を制せよ、商侶が良馬を(制する)如く。
新字:三七九 自ら誡しめ、己を検し、熟慮し、己を護る比丘は安楽に住せん。 三八〇 己を以て主とし、己を以て帰とす、故に己を制せよ、商侶が良馬を(制する)如く。
書き下し
三七九 自ら誡しめ、己を検し、熟慮し、己を護る比丘は安楽に住せん。 三八〇 己を以て主とし、己を以て帰とす、故に己を制せよ、商侶が良馬を(制する)如く。
現代語訳
自ら誡め、自分を検め、熟慮し、自分を護る比丘は、安らかに住むだろう。自分を主とし、自分を帰依とする。だから自分を制せよ。商人が良馬を制するように。
解説
三七九は自分に向かう四つの動詞を並べる。誡める、検める、熟慮する、護る。他人からされることではなく、全部自分でやることとして書かれている。そのうえで三八〇の「己を以て主とし、己を以て歸とす」——第十二章の一六〇と同じ主題が、比丘の章でもう一度置かれる。帰依する先すら自分だという。ただし最後の比喩を見落とせない。「商侶が良馬を(制する)如く」——商人が良馬を御するように自分を制せよ。良馬である。悪い馬ではない。力があり、速く、価値のある馬だからこそ、御する技術が要る。自分を制するという話が、自分を抑えつける話ではなく、良い馬を乗りこなす話として語られている。
この章句が説くこと
自ら誡め己を検す己を以て主とし帰とす良馬を制す自己統御
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