法句経 / 第十三 世俗の部 一七二・一七三
一七二 人若し先に放逸なるも後に不放逸なれば能く此の世間を照す、雲を出たる月の如く。 一七三 人若し先に惡業を作るも(後に)善を以て此を滅せば能く此の世間を照す、雲を出たる月の如く。
新字:一七二 人若し先に放逸なるも後に不放逸なれば能く此の世間を照す、雲を出たる月の如く。 一七三 人若し先に悪業を作るも(後に)善を以て此を滅せば能く此の世間を照す、雲を出たる月の如く。
書き下し
一七二 人若し先に放逸なるも後に不放逸なれば能く此の世間を照す、雲を出たる月の如く。 一七三 人若し先に悪業を作るも(後に)善を以て此を滅せば能く此の世間を照す、雲を出たる月の如く。
現代語訳
人がもし先には怠っていても、後に怠らなくなれば、よくこの世間を照らす。雲を出た月のように。人がもし先には悪業を作っても、後に善によってこれを滅ぼせば、よくこの世間を照らす。雲を出た月のように。
解説
「雲を出たる月の如く」という同じ結びを二度繰り返す。一つめは怠りから不放逸へ、二つめは悪から善へ。どちらも、過去がどうであったかではなく、いま向きが変わったかどうかだけを見る。月の比喩が効いているのは、雲に隠れていた間も月は欠けていなかったからだ。汚れて作り直されたのではなく、覆いが取れただけである。過去を帳消しにする話でもなく、償いの話でもない。もともとあったものが見えるようになる、という描き方をしている。「先に放逸なるも後に不放逸なれば」——この一文が意味を持つのは、遅すぎるということがないと言っているからだ。しかも条件はただ一つ、いま変わることだけである。
この章句が説くこと
雲を出たる月先に放逸なるも後に悪を善で滅すやり直し
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