法句経 / 第十一 老耄の部 一五一・一五二
一五一 王車の美はしきも必らず朽つ、身もまた是の如く衰ふ、但だ善の徳は衰へず、これ善士の互に語る所なり。 一五二 愚人の老ゆるは牛の(老ゆるが)如し、彼の肉は増すも彼の慧は増さず。
書き下し
一五一 王車の美はしきも必らず朽つ、身もまた是の如く衰ふ、但だ善の徳は衰へず、これ善士の互に語る所なり。 一五二 愚人の老ゆるは牛の(老ゆるが)如し、彼の肉は増すも彼の慧は増さず。
現代語訳
王の車の美しいものも必ず朽ちる。身もまたそのように衰える。ただ善の徳だけは衰えない。これが善き人々の語り合うところである。愚かな人が老いるのは牛が老いるようなものだ。その肉は増しても、その智慧は増さない。
解説
一五一は、朽ちるものと朽ちないものを分ける。豪奢な車も、身体も、必ず衰える。「但だ善の徳は衰へず」——ただ徳だけが例外だという。しかも根拠を権威に置かず、「これ善士の互に語る所なり」——善き人たちが語り合っていることだ、と言い添える。断定ではなく、そう見てきた人たちがいるという言い方である。一五二の対比は容赦ない。愚かな人が年を取るのは、牛が年を取るのと同じだ。肉は増える、智慧は増えない。年齢が自動的に成熟をもたらすという前提を、この一句が壊す。経験を積むことと、経験から学ぶことは別だという指摘は、年数を重ねた人ほど痛い。
この章句が説くこと
王車も朽つ善の徳は衰えず牛の老ゆるが如し年齢と成熟