法句経 / 第一 双叙の部 一・二
一 諸事意を以て先とし、意を主とし、意より成る、人若し穢れたる意を以て語り、又は働く時は其がために苦の彼に隨ふこと猶ほ車輪の此を牽くものに隨ふが如し。 二 諸事意を以て先とし、意を主とし、意より成る、人若し淨き意を以て語り、又は働く時は其がために樂の彼に隨ふこと影の(形を)離れざるが如し。
新字:一 諸事意を以て先とし、意を主とし、意より成る、人若し穢れたる意を以て語り、又は働く時は其がために苦の彼に随ふこと猶ほ車輪の此を牽くものに随ふが如し。 二 諸事意を以て先とし、意を主とし、意より成る、人若し浄き意を以て語り、又は働く時は其がために楽の彼に随ふこと影の(形を)離れざるが如し。
書き下し
一 諸事意を以て先とし、意を主とし、意より成る、人若し穢れたる意を以て語り、又は働く時は其がために苦の彼に随ふこと猶ほ車輪の此を牽くものに随ふが如し。 二 諸事意を以て先とし、意を主とし、意より成る、人若し浄き意を以て語り、又は働く時は其がために楽の彼に随ふこと影の(形を)離れざるが如し。
現代語訳
すべての物事は心を先とし、心を主とし、心から成り立つ。もし汚れた心で語り、また働くならば、そのために苦しみがその人に付き従う。ちょうど車輪が、それを牽くものに従うように。すべての物事は心を先とし、心を主とし、心から成り立つ。もし澄んだ心で語り、また働くならば、そのために楽しみがその人に付き従う。ちょうど影が形を離れないように。
解説
『法句経』の巻頭を飾る二偈で、全編の主題がここに置かれている。「諸事意を以て先とし」——あらゆることは心が先にある。行為でも言葉でもなく、その手前にある心が結果を決めるという。二つの比喩が対になっている。汚れた心には苦が付き従う、車輪が牽くものに従うように。澄んだ心には楽が付き従う、影が形を離れないように。車輪は轍を刻んで重く、影は音もなく寄り添う。同じ「付き従う」でも手ざわりがまるで違う。注意したいのは、どちらも避けられないと言っている点だ。心が先にある以上、結果のほうは選べない。選べるのは、その手前にある心だけである。原始仏教の最も古い層に属する言葉とされる。
この章句が説くこと
諸事意を以て先とす心が先車輪と影法句経の巻頭