呉子 / 応変篇
武侯問曰:「暴寇卒來,掠吾田野,取吾牛羊,則如之何?」起對曰:「暴寇之來,必慮其強,善守勿應。彼將暮去,其裝必重,其心必恐,還退務速,必有不屬。追而擊之,其兵可覆。」
新字:武侯問曰:「暴寇卒来,掠吾田野,取吾牛羊,則如之何?」起対曰:「暴寇之来,必慮其強,善守勿応。彼将暮去,其装必重,其心必恐,還退務速,必有不属。追而撃之,其兵可覆。」
書き下し
武侯問いて曰く、暴寇卒かに来たり、吾が田野を掠め、吾が牛羊を取らば、則ち之を如何せん、と。起対えて曰く、暴寇の来たるや、必ず其の強きを慮り、善く守りて応ずること勿かれ。彼将に暮れて去らんとするに、其の装は必ず重く、其の心は必ず恐る。還り退くに速やかならんことを務め、必ず属かざる有らん。追いて之を撃たば、其の兵覆すべし、と。
現代語訳
武侯が尋ねた。乱暴な賊が突然襲ってきて、こちらの田畑を荒らし、牛や羊を奪っていく。どうすればよいか。呉起が答えて言った。乱暴な賊が来たときは、必ずその勢いの強さを警戒し、しっかり守りを固めて相手にしてはなりません。彼らは日が暮れる頃になれば引き上げようとしますが、そのとき荷は略奪品で重くなり、心には必ず恐れが生じています。急いで退こうとするあまり、必ず隊列から遅れて離れる者が出てきます。そこを追いかけて撃てば、その部隊は覆すことができるのです。
解説
武侯の問いは、突然の略奪への対処です。田畑を荒らされ、家畜を奪われる。誰しも今すぐ反撃したくなる場面ですが、呉起は「善く守りて応ずること勿かれ」と答えます。相手が勢いに乗っている瞬間には、手を出すな。守りを固めて、やり過ごせ。そして日が暮れて彼らが引き上げるとき、荷は奪った品で重くなり、心には後ろめたさと恐れがあり、急ぐあまり隊列が乱れる。その瞬間こそが弱点だ、というのです。相手が最も強い時ではなく、最も弱い時に動く。この時間差の読みが要点です。理不尽なことをされた直後は、感情が一番高ぶり、判断が一番鈍る時でもあります。そこで即座に反応すれば、相手の強い局面に自分から飛び込むことになる。トラブルやクレームへの対応でも、勢いに任せて応戦するより、いったん守りを固めて相手の勢いが緩む瞬間を待つほうが、はるかに損害が小さくなります。怒りではなく、時機で動くという教えです。
この章句が説くこと
時機を待つ勢いをやり過ごす相手の弱点感情と判断好機交渉
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尉繚子・戰權兵法に曰く、「千人にして権を成し、万人にして武を成す。権先づ人に加ふる者は、敵力交へず。武先づ人に加ふる者は、敵威接せず」と。故に兵は先を貴ぶ。此に勝てば、則ち彼に勝つ。此に勝たざれば、則ち彼に勝たず。凡そ我往けば則ち彼来たり、彼来たれば則ち我往き、相勝敗を為す、此れ戦の理の然るなり。夫れ精誠は神明に在り、戦権は道の極まる所に在り。有る者は之を無くし、無き者は之を有らしむ、安んぞ之を信ずる所あらん。先王の伝聞する所の者は、正に任じ詐を去り、其の慈順を存し、決して留刑無し。故に道を知る者は、必ず先づ止まるを知らざるの敗を図る、悪んぞ必ず往きて功有るに在らんや。軽く進みて戦を求むれば、敵復た止まるを図り、我往きて敵勝を制す。故に兵法に曰く、「求めて之に従ひ、見て之に加へ、主人敢へて当たらざるに之を陵げば、必ず其の権を喪ふ」と。凡そ奪はるる者は気無く、恐るる者は守るべからず、敗るる者は人無し、兵に道無ければなり。意往きて疑はざれば、則ち之に従ふ。敵を奪ひて前無ければ、則ち之に加ふ。明らかに視て高く居れば、則ち之を威す。兵の道極まれり。其の言謹み無ければ、偸みて失はしむ。其の陵犯節無ければ、破る。水のごとく潰し雷のごとく撃てば、三軍乱る。必ず其の危ふきを安んじ、其の患を去り、智を以て之を決す。之を高くするに廊廟の論を以てし、之を重くするに受命の論を以てし、之を鋭くするに踰垠の論を以てすれば、則ち敵国戦はずして服すべし。
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人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
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