呉子 / 論将篇
吳子曰:「凡戰之要,必先占其將而察其才。因形用權,則不勞而功舉。其將愚而信人,可詐而誘;貪而忽名,可貨而賂;輕變無謀,可勞而困。上富而驕,下貧而怨,可離而間。進退多疑,其眾無依,可震而走。士輕其將而有歸志,塞易開險,可邀而取。進道易,退道難,可來而前。進道險,退道易,可薄而擊。居軍下濕,水無所通,霖雨數至,可灌而沈。居軍荒澤,草楚幽穢,風飆數至,可焚而滅。停久不移,將士懈怠,其軍不備,可潛而襲。」
新字:呉子曰:「凡戦之要,必先占其将而察其才。因形用権,則不労而功舉。其将愚而信人,可詐而誘;貪而忽名,可貨而賂;軽変無謀,可労而困。上富而驕,下貧而怨,可離而間。進退多疑,其衆無依,可震而走。士軽其将而有帰志,塞易開険,可邀而取。進道易,退道難,可来而前。進道険,退道易,可薄而撃。居軍下湿,水無所通,霖雨数至,可灌而沈。居軍荒沢,草楚幽穢,風飆数至,可焚而滅。停久不移,将士懈怠,其軍不備,可潜而襲。」
書き下し
呉子曰く、凡そ戦の要は、必ず先ず其の将を占いて其の才を察す。形に因りて権を用うれば、則ち労せずして功挙がる。其の将愚にして人を信ずれば、詐りて誘うべし。貪りて名を忽せにすれば、貨して賂うべし。軽々しく変じて謀無ければ、労せしめて困しむべし。上富みて驕り、下貧しくして怨まば、離して間すべし。進退疑い多く、其の衆依る無くば、震わせて走らすべし。士其の将を軽んじて帰る志有り、易きを塞ぎ険を開かば、邀えて取るべし。進む道易く、退く道難くば、来らしめて前ましむべし。進む道険しく、退く道易くば、薄りて撃つべし。軍に居るに下湿にして、水通ずる所無く、霖雨数々至らば、灌ぎて沈むべし。軍に居るに荒沢、草楚幽穢にして、風飆数々至らば、焚きて滅すべし。停まりて久しく移らず、将士懈怠し、其の軍備えずんば、潜みて襲うべし、と。
現代語訳
呉子は言う。およそ戦いの要諦は、まず相手の将を見極め、その才能を判断することにある。相手の状況に応じて臨機の手を打てば、苦労せずに成果が上がる。相手の将が愚かで人を信じやすければ、偽って誘い出せばよい。欲深く名誉を軽んじる者なら、財物を贈って買収すればよい。方針をころころ変えて策がない者なら、こちらが動き回って疲れさせればよい。上層部が富んで驕り、下の者が貧しくて恨んでいれば、離間させればよい。進退に迷いが多く、兵が頼るところを失っていれば、揺さぶって敗走させればよい。兵が将を軽んじて帰りたがっているなら、平坦な道を塞いで険しい道を開けてやり、待ち受けて捕らえればよい。進みやすく退きにくい地形なら、誘い込んで前進させればよい。進みにくく退きやすい地形なら、迫って攻撃すればよい。低湿地に陣取って水はけがなく、長雨が続くなら、水を注いで沈めればよい。荒れた沢地に陣取って草木が生い茂り、強い風がしばしば吹くなら、焼き払えばよい。長く同じ場所にとどまって将兵が気を緩め、備えを怠っているなら、ひそかに襲えばよい。
解説
この章句が説くこと
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尉繚子・戰權兵法に曰く、「千人にして権を成し、万人にして武を成す。権先づ人に加ふる者は、敵力交へず。武先づ人に加ふる者は、敵威接せず」と。故に兵は先を貴ぶ。此に勝てば、則ち彼に勝つ。此に勝たざれば、則ち彼に勝たず。凡そ我往けば則ち彼来たり、彼来たれば則ち我往き、相勝敗を為す、此れ戦の理の然るなり。夫れ精誠は神明に在り、戦権は道の極まる所に在り。有る者は之を無くし、無き者は之を有らしむ、安んぞ之を信ずる所あらん。先王の伝聞する所の者は、正に任じ詐を去り、其の慈順を存し、決して留刑無し。故に道を知る者は、必ず先づ止まるを知らざるの敗を図る、悪んぞ必ず往きて功有るに在らんや。軽く進みて戦を求むれば、敵復た止まるを図り、我往きて敵勝を制す。故に兵法に曰く、「求めて之に従ひ、見て之に加へ、主人敢へて当たらざるに之を陵げば、必ず其の権を喪ふ」と。凡そ奪はるる者は気無く、恐るる者は守るべからず、敗るる者は人無し、兵に道無ければなり。意往きて疑はざれば、則ち之に従ふ。敵を奪ひて前無ければ、則ち之に加ふ。明らかに視て高く居れば、則ち之を威す。兵の道極まれり。其の言謹み無ければ、偸みて失はしむ。其の陵犯節無ければ、破る。水のごとく潰し雷のごとく撃てば、三軍乱る。必ず其の危ふきを安んじ、其の患を去り、智を以て之を決す。之を高くするに廊廟の論を以てし、之を重くするに受命の論を以てし、之を鋭くするに踰垠の論を以てすれば、則ち敵国戦はずして服すべし。
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尉繚子・戰威善く兵を用うる者は、能く人を奪いて人に奪われず。
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李衛公問対・卷中兵は主為るを貴び、客為るを貴ばず。速やかなるを貴び、久しきを貴ばず。
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李衛公問対・卷上兵を善く用うる者は、先ず測る可からざるを為せば、則ち敵は其の之く所に乖く。
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『春秋左氏伝』宣公十二年 人に先んずる趙嬰齊其の徒をして先づ舟を河に具へしむ、故に敗れて先づ濟る。潘黨既に魏錡を逐ふ。趙旃夜楚の軍に至り、軍門の外に席して、其の徒をして之に入らしむ。楚子乘廣三十乘を為り、分ちて左右と為す。右廣は、雞鳴にして駕し、日中にして說く。左則ち之を受け、日入にして說く。許偃右廣に御し、養由基右と為る。彭名左廣に御し、屈蕩右と為る。乙卯、王左廣に乘りて、以て趙旃を逐ふ。趙旃車を棄てて林に走る、屈蕩之に搏ちて、其の甲裳を得たり。晉人二子の楚の師を怒らせんことを懼るるや、軘車をして之を逆へしむ。潘黨其の塵を望み、騁せて告げしめて曰く、「晉の師至れり」と。楚人も亦た王の晉の軍に入らんことを懼るるや、遂に出でて陳す。孫叔曰く、「之を進めよ。寧ろ我人に薄るとも、人の我に薄ること無かれ。詩に云ふ、『元戎十乘、以て先づ行を啟く』と、人に先んずるなり。軍志に曰く、『人に先んずれば人の心を奪ふこと有り』と、之に薄るなり」と。遂に疾く師を進め、車馳せ卒奔りて、晉の軍に乘ず。桓子為す所を知らず、軍中に鼓して、曰く、「先づ濟る者には賞有り」と。
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孫子・軍争篇孫子曰く、凡そ兵を用うるの法は、将、命を君より受け、軍を合し衆を聚め、和を交へて舍る。軍争より難きは莫し。
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