言志四録 / 南洲手抄
人須著忙裏占間、苦中存樂工夫。
新字:人須著忙裏占間、苦中存楽工夫。
書き下し
人は須らく忙裏に間を占め、苦中に楽を存ずる工夫を著くべし。
現代語訳
人は、忙しさの中に閑かな余裕を占め、苦しみの中に楽しみを見いだす工夫を、身につけるべきである。
解説
多忙と苦境の中でこそ、心の余裕を持つ工夫を説いた一条です。「忙裏に間を占む」——どれほど忙しくても、その中に一息つく閑かさを持つ。「苦中に楽を存す」——どれほど苦しくても、その中に楽しみを見いだす。外の状況がどうであれ、心の余白は自分でつくれる、というのです。忙しさや苦しさに呑まれて余裕を失いがちな私たちに、それは環境ではなく「工夫」の問題だと教えます。二十五番の「困難を玩んで楽しむ」とも通じる境地です。慌ただしい現代を生きるうえで、多忙のただ中に静けさを、苦境のただ中に楽しみを見つける——実践的で救いのある一条です。
この章句が説くこと
忙中閑あり苦中の楽心の余白工夫
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