言志四録 / 南洲手抄
靈光無障碍、則氣乃流動不餒、四體覺輕。
新字:霊光無障碍、則気乃流動不餒、四体覚軽。
書き下し
霊光障碍無くば、則ち気乃ち流動して餒ゑず、四体軽きを覚えん。
現代語訳
心の霊光をさえぎる障害がなければ、気はのびのびと流れて衰えず、手足も軽やかに感じられる。
解説
心の澄明が、そのまま身体の軽やかさに現れることを説いた一条です。心の霊光(本来の明るいはたらき)をさえぎるもの——私欲や雑念、わだかまり——がなければ、気はよどみなく全身を巡り、衰えることがない。すると手足までもが軽く感じられる、と。心のわだかまりが取れると体まで軽くなる、という経験は誰にも覚えがあるでしょう。心と体は一つながりで、心の状態が身体感覚に直結するのです。八十七番・九十番と続く「霊光」「気」の主題の延長線上にあり、心身一如を身体感覚のレベルで語ります。心を晴らすことが体の軽さにも通じるという、実感に富んだ一条です。
この章句が説くこと
霊光気の流動心身一如軽やかさ
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