言志四録 / 南洲手抄
人心之靈、主於氣。氣體之充也。凡爲事、以氣爲先導、則擧體無失措。技能工藝、亦皆如此。
新字:人心之霊、主於気。気体之充也。凡為事、以気為先導、則挙体無失措。技能工芸、亦皆如此。
書き下し
人心の霊は、気を主とす。気は体に之れ充つるものなり。凡そ事を為すに、気を以て先導と為さば、則ち挙体失措無し。技能工芸も、亦皆此の如し。
現代語訳
人の心の霊妙なはたらきは、「気」を主とする。気は全身に満ちているものだ。およそ物事を行うとき、この気を先導役とすれば、全身の動きに一つも取り乱しがない。技能や工芸(技術の仕事)もまた、すべてこれと同じである。
解説
「気」を、行動や技術の先導役として位置づけた一条です。心の霊妙なはたらきは「気」を主とし、その気は全身に満ちている。何かを為すとき、この充実した気を先頭に立てて動けば、全身の所作に取り乱しがなくなる、と。しかも一斎は、これは思想や修養だけでなく、技能や工芸——手仕事や技術の世界でも同じだと言い添えます。気が充実し、それが体を導いているとき、動きは的確で乱れない。スポーツや職人技での「気が乗る」「気が充実する」感覚に通じます。心・気・体を一つながりのものとして捉え、あらゆる実践の土台に「気の充実」を置く、実践的な一条です。
この章句が説くこと
気心身一如技能集中
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