言志四録 / 南洲手抄
靈光充體時、細大事物、無遺落、無遲疑。
新字:霊光充体時、細大事物、無遺落、無遅疑。
書き下し
霊光体に充つる時、細大の事物、遺落無く、遅疑無し。
現代語訳
霊妙な心の光が全身に満ちているときは、大小さまざまな物事に対して、取りこぼしもなく、ためらいもない。
解説
心が澄んで冴えわたったときの、理想的な状態を描いた一条です。「霊光」——心本来の澄んだはたらきが全身に満ちているとき、人は物事の大小を問わず、見落とすこともなく(遺落無く)、迷いためらうこともない(遅疑無く)対応できる、というのです。逆に言えば、うっかりミスや優柔不断は、心が曇り、集中を欠いているサイン。判断の切れや対応の的確さは、能力以前に「心が冴えているか」にかかっている。前条・二番の「心が澄めば見える」の系譜です。ミスや迷いを技術の問題と捉えがちな私たちに、まず心の状態を整えよと教える一条です。
この章句が説くこと
霊光心の冴え集中判断力
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