言志四録 / 南洲手抄
物集於其所好、人也。事赴於所不期、天也。
書き下し
物其の好む所に集るは、人なり。事期せざる所に赴くは、天なり。
現代語訳
物が自分の好むところに集まってくるのは、人為(自分の働きかけ)による。しかし物事が思いもよらぬ方向へ進んでいくのは、天(人力を超えた働き)による。
解説
「人事」と「天命」の境目を、簡潔に言い分けた一条です。自分の好むもの・求めるものが集まってくるのは、自らの努力や働きかけ(人)の結果。しかし、予期せぬ方向へ事態が転がっていくのは、人の力を超えた天の働きである、と。つまり、努力で動かせる領域と、努力の及ばない領域がある、ということです。人事を尽くしたうえで、結果が思わぬ方へ向かっても、それは天の領分として受け入れる。「人事を尽くして天命を待つ」の心境です。すべてを自分でコントロールしようと力みがちな私たちに、努めるべき所と委ねるべき所の線引きを教えてくれる一条です。
この章句が説くこと
人事と天命尽人事待天命努力と受容受容
関連する章句
-
言志四録・言志録 第二百四十五条 人に尽くして天に聴く凡そ事を作すには、当に人に尽くして天に聴くべし。人有り、平生放懶怠惰にして、輒ち人力は徒労無益なりと謂ひ、数は天に諉ね来る。則ち事必ず成らず。蓋し是れ人、天之が魄を奪ひて然らしむるなり。畢竟亦数なり。人有り、平生敬慎勉力して、乃ち人理は尽くさざるべからずと謂ひ、数は天の定むるを俟つ。則ち事必ず成る。蓋し是れ人、天之が衷を誘ひて然らしむるなり。畢竟亦数なり。又人に尽くして事成らざる有り。是れ理成るべくして数未だ至らざる者なり。数至れば則ち成る。人に尽くさずして事偶ゝ成る。是れ理成るべからずして数已に至る者なり。終に亦必ず敗を致す。之を要するに皆数なり。成敗其の身に於てせずして其の子孫に於てする者有り、亦数なり。
-
言志四録・南洲手抄天を以て得たるものは固し。人を以て得たるものは脆し。
-
言志四録・言志晩録 第百九十一条 苦悩の一半を省く人事の期せざる所に赴くは、究に人力に非ず。人家の貧富の如きは、天に係る有り、人に係る有り。然れども其の人に係る者も、竟に亦天に係る。世に処して能く此の理を知らば、苦悩の一半を省かんのみ。
-
『初学訓』巻之三一万の事、皆天命なれば、人の力及びがたし。不幸なりとも、天命をやすんじて、うれふべからず。されども、人事をば尽すべし。人事を尽すとは、わが身を慎みて、行ふべき道をつとめ行ひ、過を改め善に遷りて、禍に遭ふべき罪咎なからんことを求むるをいふ。病ある者の、つつしみてよく保養するも、亦人力を尽すなり。是人力のつとめによりて、天命を得る理あり。此の如くにして、其上は、天命にまかせて楽むべし、うれへて心を苦むべからず。
-
『呻吟語』内篇・談道・人事は就ち是れ天命人事は就ち是れ天命なり。
-
『論語と算盤』成敗と運命・人事を尽して天命を待て天命は人間がこれを意識しても、はたまた意識しなくても、四季が順当に行われて行くように、百事百物の間に行われてゆくものたるを覚り、これに対する恭、敬、信をもってせねばならぬものだ、と信じさえすれば、「人事を尽して天命を待つ」なる語のうちに含まるる真正の意義も、初めて完全に解し得られるようになるものかと思う。されば実際世に処して行く上において、いかに天を解してゆくべきものかという問題になれば、孔夫子の解しておられた程度にこれを解して、人格ある霊的動物なりともせず、天地と社会との間に行われる因果応報の理法を偶然の出来事なりともせず、これを天命なりとして恭、敬、信の念をもって対するのが、最も穏当なる考え方であろうかと思うのである。

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見る