言志四録 / 南洲手抄
自反而縮者、無我也。雖千萬人吾往矣、無物也。
新字:自反而縮者、無我也。雖千万人吾往矣、無物也。
書き下し
自ら反みて縮きは、我無きなり。千万人と雖吾れ往かんは、物無きなり。
現代語訳
自ら省みて(自分が)正しいと確信できるのは、我(自我)がないからである。たとえ相手が千万人いようとも私は進んで行く、というのは、物(外物へのとらわれ)がないからである。
解説
前条の「無我・無物」を、孟子の名言で裏づけた一条です。孟子は「自ら反みて縮くんば、千万人と雖も吾往かん(自分を省みて正しければ、相手が千万人でも私は進む)」と説きました。一斎はこれを分解します。省みて正しいと確信できるのは、我が身への私心(我)がないから。千万人を前にひるまず進めるのは、相手の数という外物(物)にとらわれないから。真の勇気は、蛮勇ではなく、私心を去った確信から生まれるのです。同調圧力や多数の空気に押されがちな現代に、正しさへの確信があれば数に屈しないと励ます、力強い一条です。
この章句が説くこと
孟子自反而縮道徳的勇気同調圧力
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